休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

宮下奈都/『羊と鋼の森』

イメージ 1
20180610(了)
宮下奈都/『羊と鋼の森
  2018年2月/小説/単行本2015年9月/文春文庫
  <★★★☆>

前回の本屋大賞の第一位になったとかの超人気小説。
北海道の田舎の高校生が、偶然体育館だかに置いてあるピアノの調律に立
ち会うことになる。そこでもって啓示を打たれたようになって、ピアノの調律師
になっちゃう。調律をしてくれた調律師の所属する会社に入るんだね。
とてもやさしく、気づかいも行き届いた、とてもニュートラルというか、わだかま
りが乏しいまま育ったとでもいうか、今多いタイプだろうか。物言いは比較的
ストレートでコミュニケーションも取れる。美男子ならかなりモテそう。
この奇妙で不可解な世界での彼の成長譚のとっかかり。
かわいい男の子、かわいらしい双子の女の子、癖のあるオッサン調律師が
何人か・・・映画化されて、今けっこう観られているんじゃないかな。
映画はとりあえずパス。
絶対音感がそう簡単に身につくものかという気がするが、サポートする機器
があって、チューナーと言っていた。音叉のようなもの以外にあるみたいやっ
たね。今どき当たり前か。
  人にはひとりひとり生きる場所があるように、ピアノにも一台ずつふさ
  わしい場所があるのだと思う・・・
と、ホールにあるピアノのことを考える延長で、
  ・・・ 音楽は競うものじゃない。だとしたら、調律師はもっとだ。調律
  師の仕事は競うものから遠く離れた場所にあるはずだ。目指すとこ
  ろがあるとしたら、一つの場所ではなく、一つの状態なのではないか。
と考え始める。半ばぐらい。
かなり前に、ショパン・コンクールの調律師のドキュメンタリーをテレビで見た
ことがある。欧州では後発と言っていい河合ピアノの調律師の奮闘記。まあ、
ある状態を目指すと言っても、(‘状態の売込み’の)凄まじい競争世界だっ
たけれど・・・、この主人公の思いは、それはそれでいいんだろうな。
あとは少し引用してみますかね。
双子の女の子(のピアノ)の対応の中での言葉・・・
  「ピアノを弾き始めたらひとりです」
  ・・・
  「だから、その一人を全力で私たちが支えるんです」
まあこれが、人前でピアノを弾く(ピアノで生きる)ピアニストのピアノを調律
する時の調律師の基本的スタンス。
家庭のピアノを調律して嬉しい言葉・・・
  「あなたのおかげで、うちのピアノがすごくいいピアノに思えたの」 
とか、
  「うちのピアノを、大事そうに、愛おしそうに扱ってもらえてうれしかっ
  たのよ」
とかだね。
基本的にこの小説は、こうした優しいまなざしで、調律師の世界を描いてい
る。あまりキツく表現しない。せいぜい、
  一弦ずつ、音を合わせていく。合わせても、合わせても、気持ちの
  中で何かがずれる。音の波をつかまえられない。チューナーで測る
  と合っているはずの数値が、揺れて聞こえる。 調律師に求められ
  るのは、音を合わせる以上のことなのに、まずはそこで足踏みをし
  ている
という感じであったり、更に進んでいっても、
  「そのピアノで弾くとね、ピアニストが思っていることが全部音色に
  出るんだ。逆に言えば、ピアニストの中にない音は弾けない。ピ
  アニストの技量がはっきり出るってこと」
ぐらいの厳しさで、才能や技術的ないろいろや‘業界’のいろいろには敢え
てだろう、あまり深くは踏み込んでいない。彼の成長も先が長そう。
その代わりと言っちゃあナンだけれどでも、ピアノというものがタイトル通り
の、素材を超えた、たいそう奥深い“羊と鋼の森”であることは、わかりや
すく伝わってきたように思う。生っぽい取材内容が多いかもしれないもの
の、文章も平易でよかった。

唐突ですが、三浦しをんの『神去なあなあ日常』という小説で、さらりと描
かれた林業を思い出した。この小説も確か話題になって、映画化もされた。
これに影響を受けて、少しは林業に(大変であるはずの林業に)チャレンジ
する若者が現れたんだろうか。
でもって、翻って、この小説で(映画でもいい)、調律師に俄然興味を抱き
始めた若者なんて、いるんだろうか。そういう追いかけなら知って「フーン」
と言ってみたい。
神去なあなあ日常』には続編があるようで、何がどう描かれているかは
知らないんだけれど、これにも続編が必要かも。
ところで・・・
女性の調律師もいるんだろうが、現実にもテレビなんかでも、これまで見た
ことはない。これも紹介されているなら見てみたいネ。


(以下は告白的蛇足)
小学生高学年から高校生頃まで、調律師が時々来ていまして、とても印象に
強い。ワタシも少しはピアノに触れていた時代があります。まあ後には妹が主
に触ることになりましたが。
中背、小太り、色白、ひげの濃い彼が来ると住まい中がポマードの匂いがし
たものです。オシマイのほうでは40代前半から40代後半にかけて、かな。苗
字は覚えてます。2時間か3時間だったか、汗だくでピアノと取っ組み合いをし
ていましたねぇ。ありゃあ重労働。
ワタシが遠い大学に行っている間に、来なくなったような記憶がありますが、
ピアノは残ってました。背伸びしていた生活の残骸、みたいな・・・そういうと
オフクロ、怒りそうだな。結局妹は一応ピアノを中心にして飯を食う人間にな
ったのですけどね。
ま、そんなことはいいのです。この小説がちょっと気になったのは、一瞬でも
自分が調律師になることを考えたことがある、その記憶から。
母が何を思ったか、受験勉強といいつつ、クラブ活動で疲れて居眠りばかりし
て、やりたいことがなさそうな頼りないワタシを見ていて、調律師を目指してみ
たら、と言い出したことがある。なにか資料を取り寄せてくれたりした。ワタシ
はそんな大冒険(!)には取り合わないで、沙汰やみになったのですが、ひと
つの分岐点として記憶には強烈に残ってしまった。
今のワタシより若い年齢で亡くなってしまったオヤジに、その頃のことを尋ね
たことはない。(なんでオレにあんなもの薦めるのを黙ってみているんだ?と
か・・・) たぶんオフクロの提案を知っても、「言うだけ言ってみれば?」くらい
で、好きにさせたんだろうと思う。
オフクロはあの調律師さんにも声をかけたことがあるんじゃないかなあ、これ
も訊いてみたことはないけど・・・
そんな事情で、この文庫本、手に取りました・・・ (これほんまです)