休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

D・フランシス;『奪回』再読

20260729(了)
『奪回』/ディック・フランシス
  ミステリー/菊池光訳/早川書房、単行本、昭和62年2月、 4版/再読
  (THE DANGER Ⓒ 1983 by Dick Francis) 
  <★★★☆>

偶然読み始めた『奪回』。ほんとに何気なく古い単行本を手に取ってその
まま読み始めてしまった。あとが詰まってるのに。
フランシスの多くは文庫本で読んだのですが、7-8冊ぐらいは単行本
もあった。まっ茶色の文庫本よりはまだ字が大きくて読みやすかった。

ある種の経験を買われてだったと思う、誘拐に対処する会社の社員であ
るアンドルーが、イタリアでその任に当たっている。官憲との距離を保
ちつつも協力もするスタンスで、誘拐された者の命を取られないように
すること。誘拐犯との交渉方法の教授や指図を、状況を見極めつつ臨機
応変にやる。特に身代金を払う側に。犯人側にとっては秘密の人間。
このイタリアのケースでは、誘拐された娘(若いジョッキー)の富裕な
父親の専属運転手として、絶対に注目されない形で、関係者のすぐそば

にいる。

さすがの対応力が発揮されるも、これは前哨戦みたいな感じ。娘が戻り、
身代金はちゃんとは戻らなかったが、ひとまず解決。不完全な終わり方
なのは、この仕事ではごく普通。
さて、舞台はアンドルーの国イギリスに移る。 ランボーンへ。
どこが「競馬」ミステリー? ウーン、この話、思い出さない。
イタリアで誘拐された富豪の娘が、ん?何歳だっけ、彼女が将来を嘱望さ
れたジョッキーらしい。アンドルーは長く誘拐されていた彼女となんと一
緒にロンドンに戻る。
精神的に極めて不安定な娘アーレッシアはもとの厩舎に戻るも、なかなか
騎乗できない。アンドルーは、会社で事務的な業務に携わりつつ、聞き出
したいことがあることもあって、アーレッシアとの接点はもったまま。

一見穏やかな日々が続くようだが、競馬ミステリーはこれからだよな。
フム。でもアーレッシアの動向を引っ張っているから、彼女も絡むに違い
ない・・・なんてね。アンドルーには競馬の知識はゼロだが・・・競馬で
有名なニューマーケットあたりで何か起きるのだろうか。
場所は違うが、勿論起きる。誘拐されるのは3歳半ほどの男の子。
アンドルーは仕事としてその誘拐にもかかわるんだが、一緒にいたアーレ
ッシアの言葉で、競馬絡みらしいということがようやく匂ってくる。

この特殊な仕事としか言いようのない会社に所属するアンドルーは思った
以上に若く、落ち着いていて、頭脳も明晰・・・
ここで発生した誘拐事件がもとで、アンドルーの所属する会社は、アーレ
ッシアつながりから、競馬界にコネのようなものができるきっかけとなる。

さて、舞台は英国を離れ、アメリカへ。アーレッシアとアンドルーの恋の
芽生えのようなものもちらつく時もあるが、アメリカで事件が起きること
によって、ようやく、これまでわからなかった前二つの誘拐の関連や意図
がストーリー中にも立ち現れてくることになる。(なに、読者は競馬ミステ
リーを読んでいるんで、さっさと進んでくれ!)
英国のジョッキィ・クラブの委員長(フリーマントルという名、結構普通
の名前なんだね、つい、オッ!と思ってしまった)がアメリカの競馬場に
招かれて到着した翌日、誘拐されてしまった・・・

このストーリー、やっぱり完全に忘れていました。
誘拐を扱う不思議な会社で働く主人公を描くために、フランシスはこの本
来ダークな世界をかなり詳細に調査したようで、その結果彼の競馬ミステ
リーの中でも、他作品にはない特異な緊張感のある表現(ダークではない)
になったんじゃないかと思いましたね。

 

競馬については殆ど説明がないが、フランシスのばあい、競馬と言えば障
害馬レースのことで、日本では多分ないよね。そうしたことに全く触れら
れないので、彼女が若くて美しいジョッキーだということはわかるものの、
トラウマでちゃんと騎乗することがほとんどできない。よって、「競馬」の
部分は薄味。アンドルーはちゃんと興味を持つんだけれどね。

 

イタリア、イギリス、そしてアメリカ、と、競馬つながりがちゃんとあるし、
むずかしいロマンスもなんとかなったし、官憲中にいた優れた脇役たちが結
構魅力的だったし、、、いや、ちょっと「いい人」すぎたか・・・

初期の傑作群とは相当違うけれど、これは一皮むけたフランシスだったのか
もしれない、なんて思いました。
始めこれを読んだ昭和62‐3年(1987-1988年)ごろは、きっと出来が悪いと
思ったろうなぁ(もうわからないけど)。
初期の傑作(初めの3作のうちからでしょうか)は読んでみたい気が起きま
した。もちろん読めても1作か2作。
それと、字が大きいものにしないとつらい。「その後」この文庫本のシリー
ズの活字は大きくなったんだろうか。

この古い単行本・・・
ローカルの宝くじの半券と三重県四日市市の本屋のレシートも挟まってい
た。昭和62年のもの。4刷だがどうも新刊書として買ったらしい。職場が
名古屋だった時のようだけど、四日市なら間違いなく仕事中やね。そんな
ことしたっけか・・・ まったく覚えてません。

 

アムステルダムの「1940-1945にあったこと」と「今」

20260814(了)
映画『占領都市』

  監督;スティーヴ・マックイーン

  原作;ビアンカ・スティグター(監督の奥さん)

  ナレーション;メラニー・ハイアムズ
  2023年製作/251分/オランダ・英・米合作/原題:Occupied City
  /PrimeVideo
  <★★☆>

またヘンな映画・・・って、これはドキュメンタリーというのはわかったが、
その表現法が変わってました。
 
基本は、第2次世界大戦中の1940~45年の、ドイツ軍に踏んだり蹴っ
たりの目に遭ったアムステルダム。ほぼほぼ占領下。
この期間中に街のどこで誰に何があったかを、現在の場所を映しつつ、ずー
っと女声がナレーションし続ける。
場所、一体どれだけの場所だったんだろう、すごい数。ドイツ軍と、その個
個の場所に住んでいたり、かかわりを持った人に誰のせいで何が起き、その
後終戦までにどんな(悲惨な)ことになったのかを、次から次へと感情抜き
で報告する。なんとなんと、それだけ。いったい、どんだけ多くの話を聞か
されたんだ。
 
誰に起きたことかというと、多くはユダヤ人。誰が起こしたかというと、多
くはドイツ軍。でも多くはそうだけれど、実際はドイツ軍人、ユダヤ人だけ
でなく、戦争とのかかわりは、協力と裏切りを多く含んで実に様々で、オラ
ンダ人の場合もその他外国人(時には日本人やロマなんていうのも)の場合
もある。
あの日記で超有名なかたの名も出てくる。またクラシック音楽好きなら外せ
ない、フルトヴェングラーやメンゲルベルク、コンセルトヘボウ管弦楽団な
んてぇのも。
現在の映像には、ウクライナからの難民も映っていました。
 
で、どこが変わっているのかというと、映像。ほぼすべてが「現代」の「そ
の場所」。たいてい街並みの中なので、場所というと建物やその中が多いん
だけれど、地域的な場合もある。そこに映っている人や住んでいる人につい
ては、戦争とは何の関係もないほぼ只今現在の人々の日々の営み。ま、なん
となくイベントの時期に合わせ過ぎていると感じさせるものも多いです。
そうそう、ここでの「現代」では「コロナ」が流行っている時期も含まれて
いました。
 
そういうものが映っているのを見せられながら、上記の細かい史実を聞かさ
れるのが、どうもしっくりこなくて、始めはポカーンとして観てましたが、
字幕が進むのが速い速い。映像のほうに気を取られることも度々なものだか
ら、字幕の意味がよく分からないまま次に行ってしまう、なんてことも多か
ったですね。
その個々の史実の最後は、収容所に送られて殺された、ということの次に多
かったのは、建物や組織などが「demolished」という言葉一つで
括られて終わるのが多かった。
一話一話は短いのに、時には残酷無比で、自然に眉をひそめてしまったこと
度々。収容所名として多く聞いたのは、アウシュヴィッツより、はるかにソ
ビボル(ポーランド東部ツブリン県)でした。
 
語りは英語で(ナレーターの名も英語圏の方の名のようで)したが、例えば、
ドイツ語のおしまいに入るchが喉を詰めて痰を出すように発音するの
が、確かオランダ語では語のおしまいでなくても似た感じに発音するはずで、
オランダ語の街や名前の固有名詞では、その辺を妙に激しく発音していたよ
うだったのが印象に残りました。
 
ハハーン、130か所でしたか。
さもありなん。映画での紹介数としては無茶苦茶でしょう。当時アムステル
ダムにいたユダヤ人が約8万人。そのうち終戦後戻らなかったのが約6万人。
その比率が西ヨーロッパのどの都市よりも多かったそうだから、当然枚挙に
いとまがなかった。
 
ひどい目に遭ったユダヤ人のことを考えることになるわけですが、今ネタニ
アフ首相や極右の取り巻きがハマス殲滅やイランやヒズボラへの攻撃、ガザ
に図々しく入植する人々(の理屈)などのことを考えると・・・ 4時間強
のドキュメンタリーは、正直しんどかった。
所々でインターミッションふうに、おとなし目の素敵な現代音楽が鳴って、
ちょっぴり気分転換になりましたがね・・・
 
251分! 4時間越え。初めにちゃんと見ておくべきでした。一度に観たか
ですって? それはいくらなんでも無理でした。(2回に分けて、まじめに)
お盆、「時節柄」でした。これをアップするころには、そうじゃなくなってる。
ワタシには興味深くも楽しくもなかったが、楽しめる人はいるでしょう。でも、
これからもし観ようと思っておられる方、とにかく時間には「要注意」。

ワタシにはギンヤンマが昆虫の王様でした

いつもの散歩から。ちょくちょく書いている虫ネタ・・・

これはね、8月20日、近所のM池の池の端で見つけました。尻尾の付け根も

緑色だからね、ギンヤンマのメス。死んでいました。産卵の後、命が尽きた

のたのでしょうか。なんかまだ生きているみたいにリアルに見えます。いや、

見つけた時は生きていると一瞬思った。


メスを捕獲するのは易しくなくてね。交尾中か、一頭でも産卵行動をしてい

る時が、最も捕獲し易かった記憶がある。今じゃそんな視力も敏捷さも(網

も)ない。だから、これ見つけた時は、ジジイでもオッと緊張しました。

ハハハ。

よく見ると、頭部が少し落ちた感じになっている。死んだからこうなったの

か、交尾中にオスに頭を押さえつけられていたからこうなったのか、などな

どわかりません。尻尾だってまだ産卵中みたいな曲がり方・・・

 

メスの羽根は老いてくるとどんどん茶色くなってくる。小学生の多分3年か4

年生のころ、上級生が、こういう色の羽根のメスを「ドロメン」と言ってい

ました。泥んこになったみたいな色だからなんでしょうかね。「メン」はも

ちろんメンタ、雌の意。ワタシもその言い方は使いましたね。たいていは頭

の中で。なんたって、虫の話を共有してくれるくれるヤツはいたって少なか

ったので。

 

ギンヤンマは簡単には捕まえられないから、よけいに捕まえたい!

でオスでもいいから捕えると、胸に糸を巻き付けて括り、棒切れに繋いでぐ

るぐる回すと、徘徊していたオスが、結構遠くからでも、メスと思ってか、

回されているオスに掴みかかってくる。「ガシャガシャ」と。で、地面に降

ろしてゲット! オスは邪魔だからじゃなく、やはり雌と勘違いしてのこと

だと思う。もっとも、オス同士だとうまくいかないことも多く、そこでオ

スの尻尾の付け根の水色の膨らみのところを、メスと間違えてくれるよう

に、幼稚な発想で緑色の紙を張り付けたりしましたね。ちょっとぐらいは

効果があったように記憶してます。

これが運よくメスを捕まえて同じことをすると、徘徊中のオスは100%と

びかかってきて成功しましたね。糸で繋いだヤツで誘いかける時、上記上

級生は確か「ラッポエー」と聞こえる掛け声を発していました。意味不明。

ワタシは自分で使った記憶はないんだが、これがなぜか覚えているのです。

 

胸を糸で括って振りまわすなんて、ヘタしなくてもちょん切れてしまうこ

とが多いしね、なんとも残酷なことをしたもんです。でもそんなに度々は

やらなかったはず。緑色の細工や糸の用意などが面倒だったし、それに、

最初の一匹を捕獲するのに時間がかかりすぎた。ギンヤンマばかりにかか

ずらっておれない。ほかの捕獲だってしたいし、虫に関係ない付き合いだ

ってあるんだし。


まぁ、ずいぶんいろいろな虫捕りをやったし、その過程で様々な虫も見た

けれど、ギンヤンマ捕りに比べると、甲虫捕りや蝉捕りなんかは、子供の

遊びに等しい、などとガキのくせしてえらそうに考えていたところがあり

ます。
結局トンボ捕りがいちばん好きだったのかもしれないなぁ。それも「ヤン

マ」、なかでも精悍で飛翔力が抜群のギンヤンマ!

珍しい種や小さいやつを追い求めるような方向だとか標本作りにはほとん

ど向かわなかった。暑いのに、自室でちょっと飛ばしてみると、あとは逃

がしてましたね。こんなふうだったから、当然ながら、虫の知識自慢ふう

にはならなかった。どこかヤンマと闘ってたとか、狩猟本能の残滓なのか

も・・・なんてね。

ヤンマ類の捕獲の難しさや方法など、虫のことは次から次へ思い出すこと

があります。書ききれません・・・

 

中学校の忙しい生活が近づいてきていたんでした。

 

  ちょっと引くとこんな感じで、池の面がちょっと見えてます。

  丈夫な鉄棒の柵が無粋千万ですが、この池は深くて危ないこ

  とは確かで、ま、しょうがないでしょう。市の公園ですし。

 

ハイ、ギンヤンマのメスの死骸から、ちょっとだけ書いてみました。
これに比べりゃ、クビアカツヤカミキリなんて、ワタシは正直言ってさ

ほど拘ってはいません。精神衛生に関わっているのかもしれません。し

かもこの夏はクビアカターミネーターとしては途中で頓挫してしまいま

した。暑さと体力負け。徐々に話題としては大きくなっているようです

から、目覚める人も増えるでしょう。

ポール・パレーの名演奏 CD2枚分です 2回分を1回で・・・

20260715(了)

フランク:交響曲

&ラフマニノフ:交響曲第2番/パレー

 
(1)フランク;交響曲 ニ短調
   ①第1楽章 Lento-Allegro non troppo 16:07
   ②第2楽章 Allegretto 8:52
   ③第3楽章 Allegro non troppo 9:19
(2)ラフマニノフ;交響曲 第2番 ホ短調 Op.27
   ④第1楽章 Largo-Allegro moderato 16:27
   ⑤第2楽章 Allegto molto 7:04
   ⑥第3楽章 Adagio 10:48
   ⑦第4楽章 Allegro vivace 11:17
 
   ポール・パレー指揮/デトロイト交響楽団
   録音;デトロイト/(1)1959年11月、(2)1957年3月
   CD/2012年/クラシック/管弦楽/ユニバーサル/邦盤/中古
   <★★★★>

6月にクリュイタンスのラヴェルのところで書いたパレー。こんなのを手に入
れてみました。(なんともつまらないジャケ写)
 
(1)実に久しぶりに聴くフランクの交響曲です。
後にも書くつもりですが、宇野巧芳さんの言うこともわかるような気がする。
曲自体は、繰り返して何度も聴けるものとは思えないが、やはりパレーの指
揮がいいんだろうな。
テンポを速めにとっている。だからというわけじゃないと思うが、音楽に勢
いがある。それに意味を感じさせてくれる。突進しているというわけじゃな
い。ゆったりしたところだけじゃなく、ここは!というところで独特のテン
ポの変化や細やかな表情も見せてくれるが、なんと言っても、その結果音楽
が強く語りかけてきている感じがすることでしょうね。「主張」といってもい
い。どちらかというと、音楽の主張というよりは、パレーの芸ということに
なるんでしょうか。その辺、難しいですけどね。
 
66年前の録音なのに、音は悪くなかった。ちょっと心配したけど。
全奏ではまあいささかものものしく迫られた気はしたものの、それ以外では
細かいニュアンスもあちこちで感じられたのが効きました。リマスターされ
ているに違いありません。
昔よく聞いたラヴェル、棚の奥の方にあるはずで、引っ張り出してみますか
ねぇ。音、きっとよくないだろうなぁ・・・
 
(2)ラフマニノフの交響曲も久しぶり。音楽の好きの度合いで言うと、むし
ろこちらの方が、曲が複雑なだけに(?)、ちょっとだけだけど、好きかもし
れません。複雑という言い方だとちょっと違うかもしれません。もたつき感
がある、ぐらいのほうが近い。
フランクの交響曲はその点、形式感があるというより、むしろありすぎで、
正直に言っちゃうと飽きてしまうのです。はい、そのぐらいにします・・・
というと宇野氏のようになってしまいますが。
 
ライナーノーツはその宇野巧芳(1930-2016)さん。
口を極めてフランクの交響曲の演奏をほめそやし、全体の8割強を費やして
いる。いかにも宇野氏らしい。独自の熱い表現意欲や「コク」のある演奏を
好まれ、若かったワタシなんぞはその批評に随分影響を受けたと思います。

宇野氏に批判的な評論家もパラパラ見かけたものです。でも宇野氏の褒めた

レコードを少しは聴いて、なるほど!と思えたことは何度もあります。
ただ、ご専門の合唱の指揮も、後年のオケの指揮も、(録音を含めて)聴い
たことはありません。
カラヤンについてはたまに褒めるが、けなす方が多くて、カラヤン・ファン
からはきっと嫌われたんじゃないでしょうか。
パレーのフランクをこんなに褒めていたのは記憶にないですねぇ。目にして
いながら忘れてしまったのかもしれません。このフランクのほめそやし方も、
ラフマニノフの短い(そっけない)記述のありようも懐かしかった。
 
<さらに補足> パレーの2枚目

 

ラヴェル:
(1)バレエ「ダフニスとクロエ」/第2組曲
   ①夜明け ②パントマイム ③全員の踊り
(2)高雅で感傷的なワルツ
   ④~⑪
(3)ボレロ⑫
ドビュッシー:
(4)夜想曲
   ⑬雲 ⑭祭り ⑮シレーヌ
(5)小組曲 
   ⑯小舟にて ⑰行列 ⑱メヌエット ⑲バレエ
 
   ポール・パレー指揮/デトロイト交響楽団
   ウェイン国立大学女声グリークラブ
   録音:1958~1961年 Tot.74:15
   1995年/CD/クラシック/日本フォノグラム㈱/Ⓟ Mercury/邦盤
   ラヴェル<★★★★☆>、ドビュッシー<★★★☆>

パレーの指揮するラヴェルのCDはこれしか持っていませんでした。残念。
聴くのは久々!クリュイタンスのラヴェル再聴のところで書いてみて、やっ
ぱり聴いてみたくなった。
 
真っ先に聴いたのはもちろん(2)のワルツ
「勢い」と「味」が同居しているというようなことを書いたはずです。全く
そのとおりで、印象は変わらない。抜群に素晴らしい。
ワタシの好みなんだからそれでいいわけですが、おそらく、パレー向きな曲
とそうでない曲があるというのは、ある程度正しそうではある。
「勢い」といっても突進や猛進じゃない。テンポは速いがちゃんと音楽的で
雑ではないし、緩徐な部分になっても、やはりテンポはやや速めながら繊細
さは十分。宇野さんのいう「コク」という言葉とはどこか違うが、どう言え
ばいいかはわからない。それに、雑なラヴェルなんてそもそも聴けやしない。
というか、前にも書いた持論(論なんていうほどのもんじゃない)なんだけ
ど、指示通りにきちっと演奏すればいい音楽なのであって、いじり倒す必要
はないと思う。(素人のたわごと)
 
そして今回聴きなおしてみて驚いたのが「ダフニス」と「ボレロ」。「ダフニ
ス」は第2組曲なんだが、こんなに素晴らしかったか!だったのです。落涙
しそうになった。しかも、なんと「ボレロ」に久々に燃えちゃった。
この時期、カミキリムシを屠りながらの柴犬娘との散歩で、熱中症寸前ぐら
いまで行ってたからなんでしょうかねえ。その後行った職場でもなんだか不
調だったし。
まぁ、「ダフニス」にしても「ボレロ」にしても、最後の大盛り上がりは確
かにパレー向きではあるか。「ラ・ヴァルス」聴いてみたい!
あとのドビュッシーの2曲でも「意欲」は感じたものの、魅力としては一段
落ち、あまり魅力は感じなかった、なんてね、えらそうに・・・ハハハ

 

フランス音楽が多かったとはいえ、パレーさんも多くの録音を残しておられ
る。いまとなってはさすがに古いけれど、せめてステレオ録音ぐらいはざっ
とでも聴いてみたい気がします。というと大きなセットものということにな
るようで、これら2枚もきっとダブってしまう。YouTubeかな・・・

『犬ケ島』ストップモーション・アニメーションSFコメディ映画

20260724(了)
映画『犬島』
 監督・製作・脚本;ウェス・アンダーソン
 音楽;アレクサンドル・デスプラ
 2018年製作/101分/アメリカ/原題:Isle of Dogs/PrimeVideo
 <★★★☆>

犬には、犬(だけ)の世界があったのだけれど、その後人間のペットにな
り下がったという歴史があるんだそうな。
そしてずいぶん経ってからのこと、小林一族と犬族とは仲が悪くなってい
た。ウニ県メガ崎市というところにかぎってのことらしい。近未来の日本。
その後、犬の伝染病が蔓延。それをネタに、一族は(地方政治としてだよ
な)犬族を邪魔ものとしてゴミ処理島に放逐する。
研究が進んでいて、もうすぐ病気の対処方法が出来上がるとわかっている
にもかかわらず。ヒトの支配を完全なものにしようとする。ボス(小林)
のわきに常にいるこわーい面の「執事長」も隠然たる力を発揮し、大いに
悪かったという設定だね。ま、人間と犬のSFクロニクル。
 
さて、小林の養子になっていた12-3歳の男の子(アタリ)の愛犬(ボ
ディガード的な犬)もゴミ島送りになってしまう。アタリはその犬を助け
るべく小型の飛行機でゴミ島に乗り込む。
ゴミ島はゴミや残飯しかない過酷な条件下。犬がいくつかの徒党を組んで
細々と生き延びていた。そこへ少年が来たことで、ゴミ島の犬の世界は大
きく揺れ動く。ペットに戻りたい郷愁を持つものが多いが、ともあれ様々
な考えの犬たちが、元々のノラ公も含めて、なんともかわいい纏まり方を
もって、少年の愛犬探しに協力する・・・ アタリと協力する犬たちの運
命は? 市の未来は?
 
なんて感じで、これ、ストップモーションなんですねえ。芸が細かく、こ
りゃ本当にたいへんそう。
ギャグも多いが、会話の進み方がもとても面白かった。犬たちの動きその
ものも(わざとなのかメンドクサイのか、直線的なのが)とてもユーモラ
ス。日本に関するの表現も、SFだからね、自由に空想したんでしょうが、
上出来でしょう・・・ 案外うまく表現されていたんじゃないでしょうか。
 
せんだっての『動物界』のように、メタファーのようなものとして想像力
をさまざま膨らませてみるのもよし、戯画そのものを楽しむもよし、、、
 
日本語がヘンだったり、ちゃんと聞き取れなかったところがあちこちあっ
たのがちょっと残念。それとも、ワタシの耳が悪くなったのかな。
吹替で観たんだが、もともと日本語のところは吹き替えなしの場合もあっ
て、それが音ノレベルが低かったり、抑揚や発音がへんてこりんだったり
したんだと思います。違うかもしれない。
オリジナルのほうの声の出演はすごいキャストでした。特に未練はありま
せん。ざっとあげると、
 リーヴ・シュレイバー、ブライアン・クランストン、エドワード・ノートン、ボブ・バラバン、
 ビル・マーレィ、ジェフ・ゴールドブラム、スカーレット・ヨハンソン、F・マーリー・エイブラムズ、
 ティルダ・スウィントン、オノ・ヨーコ、グレタ・ガーウィグ、フランシス・マクドーマンド、
 ハーヴェイ・カイテル、渡辺謙、夏木マリ、山田孝之、松田龍平、池田エライザ
さすが有名監督。

中年になったうちの柴犬娘は、このごろではワタシよりカミさんの出す指
示のほうに、より早く従うようになった気がする。べたべたとはしない。
散歩に行く以外は、このジジイはうざいんだよ・・・かな。「散歩 命」は、
変わっていないと思ってるんですけどね。

藤倉大さんの「いずみシンフォニエッタ大阪」らしくなったかな

20260711(了)
いずみシンフォニエッタ大阪
第56回 定期演奏会
 
(1)リゲティ: 100台のメトロノームのための交響詩
(2)P・エトヴェシュ : リゲティ牧歌(日本初演)
(3)ワーグナー : ジークフリート牧歌
INTERMISSION
(4)V・アザラシヴィリ : チェロ協奏曲
(5)S・グバイドゥーリナ : 音楽の玩具箱(2024室内管弦楽版/日本初演)
 
 新倉 瞳(vcl.)(4)
 飯森範親指揮(&トーク)/いずみシンフォニエッタ大阪
 2026.7.11/ライヴ/住友生命いずみホール/16:00-

 

音楽監督の藤倉大さんはおられず、コンサート・アドヴァイザーの川島素晴
さんも不在。でもおられなくても、楽しめればヨロシイ。
 
(1)For  100 Metronomes(1962)/Gyorgy Ligeti(1923-2006)
今年初めに紹介しておきましたが、ホントにやりましたねぇ。4年前に聴いた
時の感想文を載せておきます。このアルバムでは舞台に直接メトロノームが
100台置かれている写真がありました。今回は、オケのフルメンツが座る椅
子の前にテーブルが置かれ、皆が一斉にカチカチをスタートさせる。一人2~
3台担当。スピードは結構まちまち。メトロノーム1台づつを照らす豆電球が
セットしてありました。指揮の飯森さんもいらして、その前にもメトロノーム
がちゃんとありました。とはいえ指揮台に立っておられるだけで、皆と同様何
をされるわけでもない。
全体の照明はあらかじめ消されていので、止まったメトロノームの分の豆球が
消され行きどんどん暗くなる。ま、それだけ。ナニ、ソレ!というリゲティ
音楽上のお試し。
CDで聴いた時は、数が減ってゆく途中で、一瞬音が揃ったり波みたいに感じ
る時があったり、なんてことがあったんだが、今回はワタシの耳には何も起き
なくて、ただただまばらになって消えていっただけでした。拍子抜け。
拍手するのもヘンだけど・・・拍手。(リゲティ、ちょっと長くなっちゃった)

      中に録音前の準備中らしい面白い写真があります

kikuy1113.hatenadiary.com

(2)エトヴェシュやアザラシヴィリは、藤倉氏の本で度々出てきたので覚え
た名前。聴くのは初めて。エトヴェシュ(1944-2024)は同国ハンガリーのリ
ゲティを崇拝していたそうで、LIGETIという綴りから音をもらって作ったとい
う曲。ピアノや打楽器が大活躍するいかにも現代音楽!という感じ。ほとん
ど聴き慣れてでもいるかのように(!)楽しいものでした。
そうそう、前曲のメトロノームの1台が打楽器セクションに残されて、少しだ
け演奏され(使われ)ました、無論リゲティつながりなんでしょう。
 
(3)で、なぜか「ジークフリート牧歌」。前曲の牧歌つながりというだけでな
く、「ジークフリート牧歌」の音型や楽器編成上のいただきもあるらしい。
ほっとしたか、若干眠気も来たんですが、ここでのコンサートでこうしたロマ
ン派の音楽が鳴ることはまずないわけで、会場全体のムードがどこか緩くなっ
た気がしました。
<休憩>
 
(4)アザラシヴィリ(1936-2024)のチェロ協奏曲。オケ側は弦のみなので、
美しくても音色的に単調になるかなぁと心配したが、杞憂。実はこの曲が最も
気に入りました。
ジョージアの映画なんかも思い出しましたが、音楽なのか音色なのか、中東で
はないがとても近い感じのムードや味(コーカサス?)があり、独特の美しさ。
また独奏チェロがそうとう難しいが、美しさに水を差すことがなかったし、オ
ケ内チェロとの掛け合いもよかったなぁ。(上手く伝えられないのが残念)
現代音楽といってもこういう親しみやすいチェロ・コンチェルトはあるわけや
ね、当たり前かもしれんが。
新倉というチェリストは世界で活躍しておられるそうな。日本人としてはやや
大柄で肩幅もあったな。美人のよう。コバルト系の色のドレスがなかなかお似
合いでした。この方、ジョージアでもこの曲を演奏したそうな。
 
既定路線だったのだろうが、ここでアンコール。ご本人、オケのチェロ2人、
それにもうお一人、準備していた若い女性チェリストを加えて、チェロだけの
四重奏を一曲。せいぜい近代ぐらいの抒情あふれるもの。間違いなく初めて聴
いた。たいそう素敵だったのですが、残念ながら誰の曲なのかはわかりません
でした。(新倉さん、言ってくださったが、聞こえなかった)
 (翌日調べて分かりました。アザラシヴィリご本人の『無言歌』という作品
  だそうです。もっと古いものかと思った)
 
(5)グバイドゥーリナ(1931-2025)が亡くなったことは去年だったか、何か
のついでに書いた気がします。CDを持ってはいますが、その音楽がさっと頭に
浮かぶようなもんじゃありません。ロシアでは変わり者の烙印を押されていた
とかですね。ビッグネーム。ライヴは多分初めて。
これは14曲からなる子供用のピアノ曲(日本でも人気があるんだって)を晩年
に室内管弦楽のために編曲したもの。
一つ一つが短く、千変万化の音楽/音色になっていて、ワタシには捉えたとい
う感じがなく、喩えようがない。次から次へと脈絡なく変化してゆくのに、や
や呆然とした感じでついてゆくしかない・・・ 楽しまなかったとも言えない
んだけれど・・・
 
はい、そんなところです。楽しめました。「今回は」というのも「今回も」とい
うのも正しくありません。いろいろあります。
アザラシヴィリあたりは更に何か聴いてみたい気もします。
今回の現代音楽作曲家のうち、リゲティ以外はこの1-2年に亡くなっている
んだな。追悼風なプログラムにもなっていたよう。リゲティにしたって没後20
年とキリもよかった。すべて「企画」なんだろうね。
 
次回の57回の定期は来年の2月ですが、その前に今回からフレンズ会員は10
月に「藤倉」企画のようなライヴに行けることになった。「クラウゼ」を聴こ
うというタイトルで、他に、G・ルイス、福岡似奈、西村朗、藤倉大の作品が
奏される予定。ジークムント・クラウゼ、一度も聴いたことがありません。
それから、来年2月のは、オール「テリー・ライリー」のプログラム。これは
ミニマル系ということになりますか。ワタシとしては大枚はたいてます。いず
れにもちゃんと行けますように。

 

蛇足1)
大阪城公園の北東側を流れるどぶ川っぽい川のヘリに植えられている桜並木
を時間前にCHKしてみたら、やはり(去年同様)、フラス(木屑)はゼロ。
クビアカの影も形もない。付かないよういろいろ工夫しているのか、それと
もまだこの辺にはクビアカが到達していないのか・・・ わかりませんねぇ。
 
蛇足2)
神戸市室内管弦楽団のこと・・・
市から補助金を打ち切られ、運営する財団からは解散を通告されて、クラシ
ック界の起こりがちな事件とはいえ、話題の中心にいる。しかもその神戸市
の市長から、エキストラが多くなると別のオケになってしまうんじゃないか、
などと、はっきり言って無知丸だしな発言をされたようで、物議をかもし、
朝日の記事にもなっている(7/26)。当オケの崖っぷちの状況は当然変わっ
ていない。
こんなことを言う市長だから補助金打ち切りなんてことも、「そりゃ言いよる
でー」と思わせる。ワタシはそう思う。がっかりもいいところだが、文化と
コスパを一緒に論じるのは容易じゃない。ただ、吉田純子編集委員の記事は
「そこ」に触れたものじゃない。
もっとも、市長さんの発言の文脈がそもそもよくわからなかったけどね。
上手なオケなんだろうが、よくは知りません。でも、小ぶりな室内管弦楽団
て客の満足度を保ったり上げるために、様々なレパートリーを取り上げよう
とするのは当然のこと。そのために、多い少ないはともかく、客演(エキス
トラ)を入れなきゃならないのは、当たり前のコンコンチキ。
鈴木秀美という自由さが売り物のバロックに軸足を置いた優れた指揮者(兼
チェリスト)が音楽監督というだけでもなかなか魅力があるのになぁ。
常設というわけではなく、現代音楽に特化しているという点でも、ワタシが
行ったこのいずみシンフォニエッタ大阪とは、スタンスがだいぶ違うのです
が・・・長くなってしまうので、、、神戸市室内管のことは気になっているん
ですよ、ということで、この辺にしておきます。
 
そう書いておいてナンですが(蛇足3)・・・
指揮者の沼尻竜典が「アンサンブル・ゴーフォーイット」という小オケを始動
させたという記事を見つけました。新しい音楽を日常に呼び込む、云々。つま
り現代音楽に特化したオケ。この年末に最初のコンサートをやるそうな。
関西のいずみシンフォニエッタ大阪に対して関東のアンサンブル・ゴーフォー
イットという感じか。聴いてみたいけどね、東京にはよう行かんワ。

『ウェイバック 脱出6500km』/シベリア送り

20260717(了)
映画『ウェイバック 脱出6500km』
  監督;ピーター・ウィアー/ジム・スタージェス/エド・ハリス
  シアーシャ・ローナン/コリン・ファレル/マーク・ストロング
  2011年製作/134分/米・UAE・ポーランド合作/原題:The Way Back/
  PrimeVideo
  <★★★>

  

1939年ごろからの話。シベリアに送られた人々のうち、脱走を試みて、数を
減らしながら、とうとうインドのアッサムだか、その辺まで歩き通したとい
う、手記をもとにした映画。
ソ連国内にいてスパイや反体制の容疑で捕まった様々な国出身者が、シべリ
アから逃げ出し、延々歩き通す、その過酷さを描くだけという、とてもシン
プルなものなんだけれど、歩き通すにはあまりに長く過酷なので、2時間強
程度とはいえ、こっちもすっかり疲れてしまいました。ゴビ砂漠まではたっ
ぷり描かれ、中国国内やチベット、ヒマラヤなんかはたいそう省略されちゃ
った。着いたインドでは斜面がお茶だらけだったので、こりゃアッサムかと。
アッサムに入ったんだとすれば、中国はまん真ん中を突っ切り、チベットの
かなり東の方を通ったということになるんやね。
この映画では、万里の長城がちょっと出てきただけで、実質中国がなかった。
ヒマラヤも然り。迷走感が伴ったのは決して悪くはなかったかもしれないけ
れど、戦時中という雰囲気ではなかったし、ルートが地図上のイメージとも
だいぶん違っちゃった。思うに、きっと、やりたいロケができなかったんで
しょう。
 
製作にUAEが絡んでいるのはお金かな。ポーランドが絡んでいるのは、グル
ープのリーダーシップをとることが多かったキャラ(多分手記の著者に当た
るのでしょう)がポーランド出身者だからでしょうね。
戻りまして・・・、その方が、自分のことを無理やり告発させられた奥さん
に会えたのが、相当老けられてからだったという短いエンディングの表現が
あったのも意味深ではありました。戦争が終わってっから、相当時間がたっ
ている。ポーランドとソ連の関係や戦争責任問題などなど、いろいろあった
ことには触れず、説明に当たるものは時間の経過のみに語らせちゃった、み
たいな感じでした。
 
 
(蛇足)
 上記映画の犯罪者のシベリア送りとは違うのでしょうが、シベリアで連想。
 去年の年末に死んだオフクロのお兄さんが、シベリアに抑留されて、確か
 一年以内に亡くなった。亡くなった人の多くは始めの一年以内が断然多か
 ったとものの本で知りましたが、それはともかく、戦没者というわけで、
 「戦没者弔慰金」というのを国が細々長々と払ってくれていました。
 受け取る権利があるのは兄弟までで、死んだオフクロが最後だったものだ
 から、これでもう受け取れるヒトはいなくなりました。
 これがずばり「国債」! 1枚5万円の大き目のカード状のものが5枚綴りに
 なったもの。終わると次の5年分が決まりましたよーと案内が来る。
 1回1枚つづだからね、間が空いちゃう。でそれをぼけたオフクロは無く
 しちゃう。何度かバタバタ探すことが続いて、ワタシが管理するようにな
 った。その後こっちは妙に気になったものです。換金は郵便局で。それも
 もうおしまいなんですが、習い性ふうに「アレ忘れてるなぁ、どうしたっ
 け?」などと、ふっと心配してしまうことがあるのです。
 こんな思い出しも、映画の力ならではですな。