休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

五輪、どうなるんでしょう、不思議な時間を過ごしている感じです

3カ月半前頃の「天声人語」です。

f:id:kikuy1113:20210511023639j:plainf:id:kikuy1113:20210511023655j:plain

まだ引っ張っていて、今もあまり変わりない。

とても奇妙な時間を過ごしている感じです。

 

仕事場からの帰りに脇を通るマンションの門に、このころからでか

でかと一文字づつ張り出した文言がありまして、

 さあ ワクチンで 立ち上がろう

というんですけどね、少し空しい感じ。でも、それしかない。

ワタシ、ワクチン接種の申し込みをしようと、ネットで覗いたら、

7月末まで、2会場はみな で、できませんでした。遅かったよ

うです。その後できるようになるんでしょうかねぇ。

 

上掲天声人語の日の3面記事あたりにあった一コマの時事漫画は、

f:id:kikuy1113:20210511024531j:plain

と、こんなものが載っていたんでした。

まだ、例の発言をしてやり込められる前だったんですかね。もう

大分前のイメージなんですが、それほど前でもないんだ・・・

フリッツ・ライナー コンダクツ ロシア

20210426(了)

FRITZ REINER conducts ・・・

チャイコフスキー交響曲 第6番 作品74『悲愴』

          ①18:02 ②7:48 ③8:38 ④10:39

ムソルグスキー   ;交響詩『禿山の一夜』 ⑤10:11

チャイコフスキー組曲 第1番 ニ短調 作品43より~小行進曲  ⑥1:58

カバレフスキー ;歌劇「コラブルニョン」序曲 Op.24  ⑦4:46

ボロディン   ;歌劇「イーゴリ公」より~ダッタン人の行進 ⑧4:46

             
    フリッツ・ライナー指揮/シカゴ交響楽団
   録音;①-④ 1957年4月、⑤-⑧ 1959年3月 
   CD/1987年/管弦楽曲/RVC/邦/中古
    <★★★★>
 

f:id:kikuy1113:20210510003858j:plain

「コンダクツ・ロシアもの」だね。
 
ワタシとしては比較的珍しいCDの(つまり古い曲の)選択になりました。
古典派やそれ以前ではありませんが、ロマン派の音楽を自分で選ぶなん
て。カバレフスキーの曲は初めて聴くかもしれない。
今回手に入れた理由はもちろんライナーの『悲愴』。
LPなるものを買い始めたころの1枚が『悲愴』で、このライナー/シカゴ
響のものだったのです。この時は2枚買って、もう1枚はピアノ名曲集。
ピアニストの名は忘れてしまった。中のシューベルトをよく聴きました。
この『悲愴』はその後のあらゆる『悲愴』の規範になってしまいましたね。
テンポ、パワー、そして感傷的になり過ぎない第4楽章。(第4楽章の最
後のほうはそれでも子ども心に強烈で、涙したもんでした) 規範なんて
オーバーですが、そんなものでしょう。それがもう60年ほども前のこと。
久々に聴いてみて、LPよりすっきりした感じながら、だいたいこんなもの
だったと思います。第一楽章のテンポの揺れには初めて気が付いて、ち
ょっと意外でしたけどね。色々な演奏を聴きましたが、でも第4楽章はい
まだにこの演奏が一番!
懐かしい!

 

懐かしいついでに思い出しました。
「悲愴」は超が付く名曲ですから、妙な演奏なんて知りませんが、好きな
演奏というのはありまして、覚えている一つがなんとショルティ指揮、シ
カゴ響のもの。たしか、あまり高い評価じゃなかったような記憶がありま
すが、試聴盤をもらって一聴、すばらしくてビックリしたものです。同じ
シカゴ響だし、二人ともハンガリー系(ショルティユダヤ系でもある)
だし。バランスが取れ、きちっとして厳しい音楽で、だから共通点が大い
にあったのかな。

 

あとは付録で、LPを買った時には当然入ってなかった。

どれも同じく厳しいねえ。小品といっても手を抜いてない。

「禿山の一夜」はすごく速い。
この曲の最初のLPも思い出深くって、同じRCAのもの。ルネ・レイボヴィ
ッツの編曲・指揮/ロイヤル・フィル。「展覧会の絵」とのカップリング
で、この「禿山」のアレンジがものすごく変わっていた。その後聴いた演
奏が悉く物足りなく思えたものです。指導者レイボヴィッツのことも含め
て、ガキの頃には特異なヴァージョンであることなど知りませんでした。
チャイコフスキー組曲カバレフスキーの曲も、なんとなく聴き覚えが
ありました。テンポが速目、上に書いたように、手抜きのない演奏だけれ
ど、なかなか楽しい。ボロディンはいささか物々しいものの、これはこれ
でいいのかも。
とはいえ、タイラントであったライナーの指揮のもとでは、曲までちょっ
と恐いというか、いかめしいというか、凄味がありすぎるというか、まあ

そんな感じもある。もうちょっとだけ軽くてもいい気もする。「悲愴」に

は非常に合ってたけれど。

 
60年前に、中学校の英語の先生に、ともだちと二人、スバル360に乗せ
てもらって、守山市の商店街のレコード屋まで行って買った記憶がありま
す。『悲愴』はなんとも安っぽいペロペロのジャケットだったなぁ。今か
ら思えばセットものをばらして売っていたか、もしくは中古だったような

感じで、廉価だったはず。ジャケットはオケの写真。映像で記憶している

椅子に座って指揮するライナーではなく立っていたと思う、多分。

いきなりこの演奏にめぐり逢えたのは、そう、なんとも幸運だった。
 
このCDは、シャカリキになって聴いたわけではありません。
古い知り合いに会ったみたいなもんでしょうか。

映画『一度も撃ってません』

20210427(了)

映画『一度も撃ってません』

   監督;阪本順治/脚本;丸山昇一//石橋蓮司/大楠道代/
                   岸部一徳/桃井かおり
   音楽;安川午朗
   2020年製作/100分/G/日本/DVDレンタル
   <★★★☆>

f:id:kikuy1113:20210508001116j:plain 

<映画.com解説>から:・・・阪本順治監督、・・・丸山昇一脚本によるハ
ードボイルドコメディ。18年ぶりの映画主演となる石橋蓮司が、冴えない小
説家と伝説の殺し屋という2つの顔をもつ主人公を演じる。ハードボイルドを
気取る小説家の市川進。 まったく原稿が採用されない時代遅れの作家である
市川には伝説の殺し屋・サイレントキラーというもう1つの顔があった。
しかし、彼は一度も人を撃ったことがなく、旧友である石田から依頼を受け、
標的の行動をリサーチするだけだった。しかし、石田が中国系のヒットマン
から命を狙われたことから、市川にも身の危険が迫る・・・
 
スマホを触る連中がまわりにうじゃうじゃいる世界で、――「ハードボイルド
だど」と言っても知らない方ももうゴッチャリいる世界で――ハードボイルド
なるものを組み込んでみたら、たとえばこんなふうだろうねぇ、というような
お遊びの世界、戯画。ギャグやパロディ満載。眉を顰めつつ、クスクス・・・
内藤陳さん、これ観たらどんな感想をもたれたことでしょう。
 
現実の世界とのつなぎ役というふうなのが二人います。
1人は、退職間近の編集者がその後を託そうとしている若い編集者。 「ハー
ドボイルド」なんてものを完膚なきまでに叩きのめす言葉を吐く。
今一人は、冴えない小説家の妻。彼女は一応小説家の夫しか知らないのだが、
どうも夫がヘンだと思うと同時に、自分の存在の意味のボケ具合に悩んでも
いる。映画は特に彼女(リアリズムとの関係性)の描き方は難しかったことで
しょう。主題の一つだったかもしれませんね。何度かしてしまうクスクス笑い
の中身にも、大いに関係があるわけで。
 
もう消えていて当たり前の世界が、都会の片隅に生き延びている。けったいな
感じ。当然ながら消えゆく寸前という描かれ方、終わり方、でした。その描く
方法論すらも然り。
 
よくこんなもの作りましたねぇ。
とても楽しみました。
 

音楽はけっこう崩したようなジャズ中心で、映像を観ながら即興をやってみた

というふう。面白くなりそうなのに、まあまあ無難という出来。

OMPS 『1917』

20210425(了)

サントラ『1917』

ORIGINA MOTION PICTURE SOUNDTRACK 1917
 
  作曲・指揮; トーマス・ニューマン
  オーケストレーション; J.A.C.レッドフォード
  録音;2019年、アビーロード・スタジオ
  CD/映画音楽/Ⓟ&ⓒ Storyteller Distribution Co./Sony/輸入/中古
  <★★★☆>

f:id:kikuy1113:20210505013854j:plain

音楽にほとんど印象がなかったんだけれど、トーマス・ニューマンだった
ことを思い出し、聴いてみる気になりました。安かったからでもあります。
映画ほど人気がなかったのかもしれない。
 
映画の印象では、ワンカットがどうのこうのなどと書きましたが、音楽に
ついては「ベターっと付けている」というようなことを書いてます。
そんなことなかったですね、聴いてみたら。
 
始めと終りにはチェロのソロが入ります。ヨー・ヨー・マのソロがふんだ
んに聴ける『グリーン・デスティニー』を連想しました、月並みですが。
アコースティックとシンセを上手く絡めて使う特徴がでていて、この「ワ
ンカット」(かどうかはよくわからない)が売りの、伝令たちの前線への
懸命の情報伝達の道行に、けっこう合ってたんだなぁ。
柔らかく深い音色ながら、時にリズミックに鳴らして、苦労しつつ前線に
近づいて行くイメージを表わしている。今ならわかります。
カット数が少ないんだから、連続性が必須。なるほど、サントラもそんな
感じで、トラックは20ほどにも分かれてはいるのですが、いずれも静か
に始まり、静かに終って、連続性を上手く表している。

f:id:kikuy1113:20210505014013j:plain

そうですねぇ・・・二つ妄想っぽく考えたことがあって・・・
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品『ARRIVAL』(邦題「メッセージ」)の音
楽(もう亡くなってしまったヨハン・ヨハンソンが担当)を連想しました。
この音楽は多くがシンセで、ズーンと深くおどろおどろしいサウンド満載。
でね、この「1917」のサントラ(の主にシンセ中心の部分)を3倍と
か4倍とかに間延びさせたら、『ARRIVAL』にかなり似るんじゃないかと。
もうひとつは、上手いと思いつつもあまり認めたくないハンス・ジマー
いう大御所作曲家の音楽(例えば『ラスト・サムライ』のようなものなん
か)と共通点が多かったということ・・・

f:id:kikuy1113:20210505014120j:plain

            (『ARRIVAL』のあるシーン)

まあ、それ以上、あまり書くこともありません。
エラそうに書いたりしますが、実は、映画の最中に音楽なんてちゃんと聴
けてないもんです。分かってはいるのです・・・
 
とか書きつつ、このマラソン音楽、常動曲、そこそこ楽しみました。

f:id:kikuy1113:20210505014226j:plain

 

老母にもついにやって来た

5/2(日)

毎日のように犬の散歩時、見ていること。
葉桜になった桜並木の下は、大量の花びらや花弁が、敷き詰められてい
る。その黒ずんだ色に、道も染まっている。
樹の幹には新しいフラスが見られ、クビアカツヤカミキリの幼虫が活動を
始めているらしいことが察せられる。
通る人は気付いているのだろうか。この一年ばかりのうちに、散歩のとき
に見かける桜の木のうちの少なくとも一割ぐらいが伐りはらわれているこ
とを。
いま、枝にはサクランボらしいものがたくさん。

f:id:kikuy1113:20210503001031j:plain

   (これは桜が満開のころ、散歩中に撮ったもの。この道が今は

    黒く舗装されたかのようになっている。)

 

◆(コロナ)

コミュニティセンターの仕事のことです。

収入が激減することがすぐわかるシフトになりました。

5/11まででなく、5月末まで続けるんだとさ。
上司には言いにくいが、ちょっと辛いねぇ。

 

◆(コロナ?)

f:id:kikuy1113:20210503001247j:plain

 

いしいひさいちの「ののちゃん」、特に冴えたギャグとは言えないと思うの

ですが・・・

時事(ここではコロナ)を連想させる内容になっているので貼り付けてみま

した。騒がれている時事は絶対に扱わないというスタンスを崩さない漫画な

ので、間違いなく、そんなつもりはなかったのでしょうがねぇ。

これは朝日新聞の朝刊ですから、とんでもない数のかたが見た漫画でしょう。

オヤッと思われた方も多かろうと想像するのですが・・・

 

さて・・・施設に自ら入った老母の脳が狂い始めた。
今年になって、奇妙な妄想を抱くようになった。
それが春になってから、急激に膨らんできた。
あの歳まで大丈夫だったのだから、もうボケないんじゃないかと思っていた
のだが、甘かった。そんなことはないんやね。
ここには書けないけれど、始めは、誰にでも言える類のものではなかったの
で、どうするべきか悩まされた。
今は、家族、兄弟のみならず、ケアマネージャーにも知らせて、周りのもの
皆で見守り続けるスタイルを採ることになった。
ひと段落とでもいうか、こっちもやや安心したとは言える。

妄想のストーリーは巧みにアレンジが施されつつあるものの、系列以外のも

のには発展していないようだし、認知症の他の症状も、今のところだが、出

てきていない。

恐らくは見えていないだけなんだろう。今に見えてくるね。

映画『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』

20210413(了)

映画『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』

 
  監督;クラウス・ハロ//ヘイッキ・ノウシアイネン/アモス・プロテルス/
             ピルヨ・ロンカ
  音楽;マッティ・バイ
  2018年製作/95分/フィンランド/原題:Tumma Kristus/DVDレンタル
  <★★★☆>

f:id:kikuy1113:20210502000751j:plain

強い印象を残してくれた『ヤコブへの手紙』の監督の9年後の作品。
地元の教会の、あの若い牧師さん、『ヤコブ・・・』観たろうか。まさかね。
さて、今回はフィンランドの田舎の景色はなし。
 
もはやヨレヨレの画商オラヴィの最後のチャンス(商売の)がどうなったか
というお話でした。
感覚が古いのか、商売は全く振るわなくなっている。店じまいを考えなきゃ
ならない。それでもオラヴィは最後のひと輝きを求めてやまぬが、機会は訪
れない。家族を愛しているのだろうが、そうやって商売のほうにのめり込ん
で、一人娘やその子どもすらも顧みず、彼らの苦境など知らなかった。
そんな時に、いささか問題児ふうな孫が社会実習ふうなことのためにオラヴ
ィの店にやってくる。祖父の状況なんぞまるで分っていない孫だが、オラヴ
ィがおりしも見つけて執着し始めた絵に関して、その調査や準備などを手伝
う形になってくる。
その絵は、ワタシなど名前しか知らないんですが、オラヴィはロシアの大画
家レーピンの作品ではないかと、あたりを付けて、老体に鞭打って、孫と共
に大チャンスに向かい始める・・・
 
実在する絵かどうかは知りません、多分架空の絵なんじゃないかなぁ。
その絵はレーピン作「キリスト」じゃないかという。でも署名がないのがず
ーっとひっかかり続け、オークションまでいよいよ日がなくなってくる。な
んとかそれがレーピン作である証拠を見つけておかねば、勝負のディールを
かける意味がない・・・
 
ヨレヨレの画商の力の入りようや孫とのやり取りに、緊迫の度合いが増し、

そして競売の盛り上がり・・・

 

好きな画家は何人もいますが、全体としては絵は詳しくありません。詳しい

人だともっと楽しめるのかもしれませんが・・・

で、ネットでレーピンの絵をパラパラ見てみると、歴史に題材を得た劇的な
場面の写実や肖像が多く、目を奪いますね。もっともワタシにはレーピンの
絵は観続けるのはいささかしんどい気がします。
中に、明らかに見覚えのある絵がありました。ぎょろ目のでっぷり肥えた悪
役面としか言いようのないムソルグスキーの肖像。

f:id:kikuy1113:20210502000905g:plain

オラヴィが目を付けた「キリスト」はレーピンの自画像と似ていたから、素
人考えですが、多分映画用の脚色やストーリーなんでしょう。
おしまいのほうで、“通常聖画には署名を入れない”なんていう説も出てきて、
身辺整理もひと段落ついたオラヴィは、自分の見立ては正しかったとウキウ
キする。画商としてのほんのつかの間のよろこび。
そのためというべきか、期待しがちな流れには(やっぱり)ならなかったも
のの、それでも、とてもきれいなエンディングにはなりました。
 
 
考えてみると、映画は絵の絡んだものが二つ続いてしまったんでした。
これは偶然。
それと、音楽がこれまたミニマル・ニュージック中心だったのです。こっち
はあまり嬉しくない偶然。

 

松山英樹が‛マスターズ’というゴルフのメジャー大会の一つに遂に勝って、
ゴルフの道具やグッズや練習場に客が押しかけたとか。ワタシにとっては、
同窓会ゴルフが近づいているので、行くとすれば練習場かな。もう3度ほ
ど行っていて、100球づつぐらいは打ちました。
ホントはね、目のせいかメガネのせいか、年齢によるカンの鈍りのせいか
(明らかに3つ目!)、パターがどんどんダメになっているから、ただ打
ちに行くだけじゃアカンのはわかっているのです。松山選手のグッズなん
かにはまるで関心はありません。もとより、松山選手の優勝に影響を受け
るなんてことはない。MLBを楽しむのと同じ。
でも、絵画については、絵がネタの映画が続いたので、若干ながら関心が
高まったかもしれないですね・・・絵の本がちょっと気になります。展覧
会は、行きにくいですが。なんてね、余計で強引なこじつけ・・・。 
 
子どもたちや孫たちと、とんと会わなくなってしまっているせいか、家族
を顧みず、ビッグチャンスに賭けるオラヴィを見ていると、そのせいかど

うかは怪しいけれど、割とね、ワタシ、感情移入をやってるなぁと感じま

した。

これをメモっている日は、大阪の感染者数が1099人。翌日は1208
人! 子どもたちや孫たちの顔を見られるのはまだまだ先の話だし、町内会

じゃあ、集会所に集まることも出来ていない・・・ って、ますます関係

あれへんな。

『モノ書きピアニストはお尻が痛い』

20210417(了)

青柳いづみこ;『モノ書きピアニストはお尻が痛い』

 
  私の中の「二つ」
  ドビュッシーのなかの「二つ」
  ピアニスト的作曲家論
  音楽の背景
  大いに飲み、食べ、語る
  ピアニスト的演奏論
  演奏することと書くこと
    あとがき
    文庫版のためのあとがき
    解説 ―― 小池昌代
 
    2008年/音楽系エッセイ/文春文庫/(単行本「双子座ピアニストは二重人格?」改題
     /音楽之友社2004年)/中古
    <★★★★☆>

f:id:kikuy1113:20210429001315j:plain

f:id:kikuy1113:20210429001353j:plain

この物書きピアニストの本は二冊目。一冊目は『六本指のゴルトベルク 』
で、たいそう面白かった。ピアノ弾きの妹にあげてしまった気がする・・・
非常に面白かった中村紘子さんのエッセイとは、随分違うもんです。中村
さんのは、あくまで視点が職業ピアニストだなぁと思わせるんだが、この方
の場合は、研究者という面と、人に読んでもらって面白いと思ってもらわな
きゃならないという面が加わって、ひねくれかたが独特。
 
ワタシは、ドビュッシーをどこか避ける気が強くて、タイトルにドビュッシ
ーが入っていない「六本指の・・・」をわざわざ読んだくらい。
本作は、結局、なんだかんだでドビュッシーのウエイトは高かったですね。
この二冊目は、音楽の軽い読み物が急に読みたくなって。(いつもどおり気
まぐれ) ドビュッシーがたくさん出てきちまっただけでなく、軽いつもり
が、決して軽くなかった。もっとも、著者自身がもろに出ていて、それゆえ
とても楽しませてもらえました。
 
「おしりが痛い」に惹かれた。嘘ではありません。
その少々「お下品」な感じが文章にもよくに出ている。よく言えば、気取り
がない。おしりが痛い(≒多分、疲れている・・・)から、そんな丁寧な言
葉遣いや説明なんかすっ飛ばさせてよね、とでも言っている感じ。
先に読んだ本が鋭い突っ込みや思索が一杯、と言ったら、二冊目は少々
ねじくれた性格や気持ちがあらわれて、早い話が相当皮肉っぽい。歯に衣
を着せぬ辛辣さが基本線。始めはちょっとびっくりしました。
 
読了した今なら、こう思う。このエッセイには酒の匂いが相当しているっ
て。全部というわけじゃないが、半分以上はそうなんじゃないの? なんか
ね、確信めいたものを感じるね。ともあれ子供のころから呑んでいて、本
格的に吞み始めたのは高校生頃だそうな。
きっとかなりの酒豪だぜ。
 
ドビュッシー弾きというと、もやっとした輪郭のはっきりしない音を出す人
が多いように思うところ、この方の場合は、線をはっきりさせようと弾くん
だそうな。(と自分で書いているが、師安川加寿子からは、音がはっきりし
すぎる、もっと綺麗な?音を出しなさいと、せんど言われたらしい。)
この方の演奏は一度も聴いたことがない。研究者でもあって、理屈のほうは
なかなかやさしくないんだなぁ・・・一度ぐらい聴いてみなきゃならないみ
たい。(探してみよう)
ドビュッシーの中の「二つ」』の中の「もしドビュッシーがジイドだった
ら?」なんてそう。
ご自分のドビュッシー等の演奏論と共に、著名な奏者の演奏の分析もあっ
て、アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリアルゲリッチやアリ
シア・デ・ラローチャもそう)のものなど、へぇーと思うと同時にわが意を
得たりと思う分析もありましたね。特にミケランジェリドビュッシー演奏
論には快哉演奏家論というのは、猫にマタタビみたいでね、麻薬っぽい読

み物です。ワタシにとって、レコ芸レコード芸術)なんて雑誌はズバリ、

マタタビでした。

 
ワタシはもともとラヴェル好きで、本のなかではラヴェルは比較的簡単に
(≒論理的に)片付けられてしまっており、ドビュッシーのほうは、どうも
そういうわけにはいかないらしい。当然両者を印象派という言葉で括るなん
てとても無理で、猛烈にタイプが違うことは確か。(って、どうしてもそう
いう話になるんよ!) ま、それについちゃあワタシも同感です。そのこと
もあって、「音楽の背景」という章の中に「ドビュッシーラヴェルの話」
ってのがあって、ワタシの決して小さくない関心事なので、興味深かった。
丸ごと引用したいくらいだが そうもいかない・・・ そうそう、多分ラヴ
ェル好きだと文筆業者にはならないんではないかというニュアンスもあった。
笑いました。そりゃあもう「ナルホド」です。
 
人物のただならぬ「濃さ」みたいなことを、解説で小説家小池昌代が書い
ています。この「濃さ」、ワタクシメもついそうかもと思っちゃいましたね。
功成り名を遂げたピアニストが書くなら、まあ普通ですが、弾きながら書く、
書きながら弾くという感じの人をこの人以外には知らない。しかも書くもの
だって「濃い」。
フランス留学(マルセイユ!パリとはまるで違う!)の話が彼女の人となり
や感受性をよく表わしていてすごく面白かった。
それは置いておいておくとしても、、、そこいらじゅうに引用したいところ
があったので困り果て、選んだのはピアニストの名がぞろぞろ出てくる、短
くて書き手がいかにもピアニストやなぁというところ。(ピアニストの名前
なんか知らない人にはピンとこないとは思いますが・・・)

f:id:kikuy1113:20210429001556j:plain

    f:id:kikuy1113:20210429001617j:plain

      f:id:kikuy1113:20210429001639j:plainf:id:kikuy1113:20210429001704j:plain

  (「ピアニスト的演奏論」という章の中の『作曲家系ピアニストの演奏は、
   なぜ面白いのか』から)
  (これが含まれるの文章の前に、フリードリヒ・グルダというちょっと変
   わり者のピアニストに関する短い文章があって、それも知らなかったこ
   とで、しかも面白かったのですが・・・)
 
こんなところにも、書くと弾くを両立させなきゃならない彼女(二足の草鞋は
アカンやろ!などと批評家に叱責的な言われ方をされる)の必然が、当たり前
のように映り込んでいる気がします。
・・・
で、なんでおしりが痛いのか・・・ワタシのシリの神経痛とはだいぶん違うよ
うで、でも結局よくわからなかった。物書きでもあるから、単に坐る時間が多
いという物理的な理由なのかな。症状の記述によれば、なんとも痛そうやった。