20240312(了) |
ディック・フランシス/『侵入』
菊池光訳 |
1991年/ミステリー小説/早川文庫//ⓒ1985 |
<★★★△> |
気まぐれな再読です。さあどれにするかってんで手に取ったシリーズ24作目。 |
製本がもうだめになっていて、バラバラになってしまわないよう、注意しながら の読書になりました。 |
「ロメオとジュリエット」のモンタギュー家とキャピュレット家よろしく、長き |
にわたっていがみ合ってきたアラデック家とフィールディング家のことが述べら |
れて、じゃあ、ロメオとジュリエットはというと、既にフィールディング家のホ |
リィがアラデック家のボビィと、大反対を押し切って結婚してしまっており、厩 |
舎を運営している。よって、ロメオとジュリエットのラブストーリーではありま |
せん。ただし、キットとホリィ兄妹にはある意外な秘密がある・・・ サスペン ス・ミステリーです、当たり前ですが。 |
勿論英国の競馬界の話で、主役はホリィの兄キット。障害競馬のチャンピオンジ |
ョッキーで、著者と同じという案外珍しい設定。 |
妹夫婦は小規模な調教厩舎の仕事をしているが、ある時、デイリーフラッグとい |
う新聞が、盗聴したとしか思えない情報から、この厩舎の誹謗中傷を流し始め、 |
夫婦の仕事が大ピンチに陥ってしまう。 |
立ち上がるのが騎手であるキット。 |
対抗する勢力としては、とりあえずは当然この新聞社(まるでヤクザ集団)、 |
それから金と名誉欲の亡者アラデック家の当主、その他。 |
味方はほとんどいないが、競馬大好きで馬主、キットを信頼して騎乗させること |
の多いカリシア王女。その王女様の姪のダニエル。(彼女は当競馬シリーズでは |
お決まりのように出てくる「いい女」、インテリでマスコミ界にいる) |
こんなところですが、これでミステリーの構図を紹介できたことになってはいま |
せんのでご心配なく。 |
タイトルの「侵入」は日本で考えられた(どの作品もそう)もので、悪い奴らが |
調教師の家に忍び込んで盗聴機らしいものを、取りつけたり取り外したりするた |
めに忍び込む行為があるため、それから発想されたものでしょうか。 |
調教厩舎の経営が綱渡り的で、いかに大変かよくわかるというのも面白いと言え |
ば言えますが、眼目はなんといっても探偵役が騎手であるということ。他の職業 |
が主役の場合(ほとんどがそう)と違って競馬シーンが結構あること、馬の気持 |
ちの掴まえ方やその難しさ、ケガや調教の色々など、いかにも専門家らしい目線 |
や表現が嬉しい。 |
さて、一応ミステリーですから、再読を楽しんだということで、中身には触れま |
せん。かわりに引用を少し。 |
なんで危険な障害馬のレースの騎手をやるのかキットが訊かれて答えるあたり。 |
この先、恋人になる女性ダニエルとの会話・・・ |
「イギリスでは、平地より障害のレースのほうが多いはずだ。いずれにして |
も、数はあまり変わらない」 |
「だから、どうしてやるの?」 |
「今言ったよ」 |
「そうね」 |
(略) |
自分がレースに出るのは、人がヴァイオリンを演奏するのと同じように、整 |
合のとれた筋肉と直感的な精神の働きが一体となって自分自身の音楽を創り出 |
すためだ、ともったいぶった説明を考えた。自分がレースに出るのは、馬と一 |
体になることによって、流動感、律動的な興奮と無言の意思疎通が完成するよ |
う気分を味わうからだ。しかし、そのような気取ったたわごとを口にすること |
はできない。 |
「生気が湧き上がるのだ」 私が言った、「馬に乗っていると」 |
ダニエルがかすかに笑みを浮かべて私の方を見た。「あなたは馬の考えが読 |
み取れるのだと伯母が言ったわ」 |
「馬の好きな人間はみなそうだ」 |
「でも、人によって差はある?」 |
「それはわからない」 |
彼女は頷いた。「たぶん、そうだと思う。あなたは人の考えも読めるのだ、 |
と伯母は言ったわ」 |
私はちらっと彼女を見た。「叔母さんは、いろいろなことを言ったようだね」 |
「叔母は」 さりげなく言った、「あなたの車に乗っていけば、いたずらされ |
ることなく行き着けることを、私に理解させようとしていたのだ、と思うわ」 |
「驚いたな」 |
「伯母の考えが正しいことがわかったわ」 |
「フム」 |
フランシスの男女のシーンや会話はべたつかない。慣れ染的なムードのところ。 |
読み慣れた雰囲気です。 |
騎手にしては背が高いこととか(武豊のお父さんも高かったなぁ)、障害レース |
の騎手は平均的に平地競馬より騎手生命が短い話だとか、引用してみたいところ |
は他にもいろいろあったけれど、なんとなくここを選んでしまいました。 |
もっと前の初期の作品にすればよかったかもしれません。 |
でもまあ、いいです。 |