(ネットの内容紹介)世界を旅し、“食"を通して諸相を斬新に描く短編集。
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開高賞受賞作『インパラの朝』から2年。気鋭のノンフィクション作家が、15の |
国でめぐり合った人たちを“食べる"ことを媒介に、いままでにない手法で描 |
いた珠玉のドキュメンタリー・・・ |
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◇ |
『インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日』のレヴューをいくつか読んで |
しまった。意外に‘イヤイヤ’しているものが多いのにちょっと驚いた。 |
たかが若いバックパッカー女子の世界旅行と、その色気のない文章に、付き |
合わされちゃかなわん、みたいなのが案外多いのに。 |
人それぞれでいいのは勿論ながら、あまりにも感受性が乏しいんじゃないか |
と、レヴューを読んだのを後悔しちゃった。 それにしても、これが面白くないと |
は。多様な世界をよくぞここまで書いてくれたと言えないものか。 |
さてさて、、、これは「インパラの朝」の次の本だったんや。 |
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いろんな国への旅の途中で、おおむね通りすがりの軽いかかわりしかない人 |
間との奇妙な成り行き。それと「食」が紐づけられて語られる。言ってみれば |
それだけ。「食」で括ってあって、カッコの中が「成り行き」。 |
出来上がりは危なっかしいヘンテコリンな味の短編小説みたいなドキュメンタ |
リー。 |
◇ |
まえがきの代わりに、前置き的にある文章。チベット。全体のムードをうまく出 |
している感じ。 |
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食べる前に |
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そこに火がなければ、とてもストーブとは思えないほど古びたドラム缶だった。 |
湯気が立っていなければ、とてもポットとは思えないほど錆びついた鉄の塊だ |
った。そして何より、彼女がそこにいなければ、この家を廃屋と間違えて、私 |
は通り過ぎていたに違いない。 |
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老婆は、出逢った二日前と変わらない陽気さで山道を行く私を呼び止め、 |
家の中に招き入れた。チベット語でおそらく何か冗談を言い、声を立てて笑 |
った。いたずらをする孫たちを棒でつつき、愉快そうにこちらを振り返った。 |
薄暗い部屋の片隅では、もう一人別の老婆が目を閉じ、数珠を手にお経を |
唱えていた。 |
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私は世界地図を取り出して広げ、ヒマラヤ山脈を指さした。 |
いまどこにいるのか、私がどこからやってきたのかを、なんとかして彼女に伝えよ |
うとした。 |
老婆は、大部分が海の色で塗りつぶされた大きな紙を覗き込み、 |
少しばかり考えてから顔を上げて笑った。 |
それから、手垢ですっかり黒ずんだ茶碗を手に取り、 |
千切れかけたぼろ布でその表面を磨き始めた――何度も、何度も、丁寧に。 |
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老婆は、磨き上げた茶碗をそっと台の上にのせ、そこへポットの湯を注いだ。 |
光沢を取り戻した真っ白な茶碗を受け取り、私は、軽く会釈した。 |
標高四千メートルの地で沸点に達した一杯の白湯は、 |
乾ききった唇を湿らせ、喉もとを滑り落ち、あっという間に胸の奥に消えた。 |
地図をしまい、私はバックパックを背負った。 |
ベルトをきつく締め直し、手を合わせ、もう一度、深く頭を下げた。 |
そして老婆の家を辞すると、また、南へむかって山を歩いた。 |
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◇ |
印象が強烈だった『インパラの朝』を読んでからずいぶんたってますが、その |
後これを古本屋で見つけて手に入れたが、ずっと放置。かなり日焼けしている。 |
「ナショナルジオグラフィック」のついでという感じで、冒険譚っぽいものを、と手 |
とってみました。 |
『インパラの朝』同様、なんだか危なっかしくてむずむずするような女の一人旅。 |
実際ズバリ危ない目に遭ってもいるに違いないと想像する。時々同行者がい |
るみたいにみえるときもあるけど、決まった人間ではないようで、、、 |
飾らない自然な文章。 |
出だしだけ、またちょっと抜き書きしてみました。 |
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第一話 |
インジェラ エチオピア |
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その料理の噂を初めて耳にしたのは、二〇〇七年の春、パキスタンの山中 |
に滞在した時だった。わたしは、シングルベッドが二つある個室を日本人の女 |
性旅行者とシェアしていて、毎晩それぞれのベッドに入ったあと、彼女から旅の |
話を聞かせてもらっていた。ある晩、彼女は体にできた痣のような腫れあとを |
注意深くチェックしながら、「エチオピアは南京虫がひどくて」と語りはじめた。 |
「寝袋の中で寝てたのに、無視が中まで入ってきて咬んでいくみたいで。 仕 |
方がないから途中からはビニールシートを敷いたりして防衛してたんだけど、も |
う手遅れだった。あれから何ヶ月もたつけど、まだあとが消えない」 |
南京虫の咬みあとは、傷痕のように痛々しかった。虫の仕業とは思えないほ |
どおおきな黒いシミが、その虫の傑出した獰猛さを物語っていた。私は自分の |
ベッドに寝転んで、彼女の足や腰まわりの痣を眺めながら、それでもエチオピ |
アに行く価値はあるのだろうか、と訊いた。彼女は、「ある」と即答した。 |
「南京虫を除けば、エチオピアはすごくよかった。民族とか、音楽とか、文化的 |
には相当面白かったから。それから、あの国には独特の食べ物があって」 |
旅人の間でその料理は“ゲロ雑巾”と呼ばれていたと言って、彼女は笑った。 |
「好きになる人もいるみたいなんだけど、 なんていうかゲロみたいに酸っぱく |
て、ほんとうにボロボロの雑巾みたいな色をしてて」 |
「ゲロ雑巾と南京虫ですか……」 |
「でも大丈夫。エチオピアでは、スパゲッティも一般的に食べられているから、 |
食べ物には困らないと思う」 |
そして彼女は、「もしも南京虫に襲われたら、どんなに痒くても絶対に掻いちゃ |
ダメ」と付け加えた。 |
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インジェラねぇ、オレはダメだな、きっと。 |
名古屋の大好きな‘あんかけスパ’の酸っぱさと比べて、どんなもんやろか。 |
その後彼女は東のほうからエチオピアに入って、インジェラを食すもゲロゲロ! |
南京虫にもやられて、ひどい印象のままエチオピアを後にする。ところが8ヵ月後、 |
オランダでインジェラに遭遇して印象が変わってきていたことに気づき、またして |
もエチオピアに行く。今度はこの料理を地元で食すためだけに。はたして・・・ |
てな話。
◇ | 5話目にある「ジャンクフード/ボツワナ」を読んでいたとき、ふと思った。 | 皮肉なというより、むしろ「えぇ?」といってしまう話。これってノンフィクションな | んだろうか・・・。ジェンダーを二度も間違われる。これは自身の旅行と印象に | 残った食べ物をネタに再構成したんだろうね。だとするとだけれど、けっこう小 | 説に近いかもしれない。それとも、やはり‘事実は小説よりも奇なり’なのか。 | 著者自身は旅慣れてはいるものの、概してかなり倦んだ調子が多い。そこへ | ご本人の意思とは関係ない感じで、状況が彼女に覆いかぶさってくる。 | 本能に従った「食」という行為が多い。もっとも、それと同じかそれ以上に、遭 | った人のことがメインになっているよう。それはそれでいいのだと思う。 | | 8話目。不愛想極まりない台湾の友人との再会を中心にした話。ついに不愛 | 想は変わらないものの、面白い余韻。 | いい臭いでもなさそうなのに、なぜか食欲を掻き立てる食べ物も気にはなる | けど、なんたってこの変な友人。 | 「臭豆腐」、観ていた映画『僕と世界の方程式』でも出てきた。どないな臭い | やねん・・・、イヤ、嗅ぎたくないナ。 | | 9話目。ここはネパール。ヤギの屠り方が強烈な生贄の儀式描写に引いてし | まったが、その先の、臓物を次から次へと口にするくだりは、もっとキビシイ。 | 色々食べてきた著者ならではとはいえ、よう食えるワ。 | そうでした。「インパラの朝」には、著者のお姉さんがネパールにいるって、書 | いてあったのをなんとなく思い出した。 | | ◇ | ワタシのような出不精には信じられん話ばかり。最高やね。 | もはや情報の洪水と化している現代。この傾向はさらに続き、大事なことを的 | 確に掬い取るのは至難の業。 | 世界とそこに住む人を知りたいのなら直接言って見て回るしかない。そう、知 | りたいのならね。百聞は一見に如かず。年を取ってしまってからでは難しい・・・ | ちょっと古いですが、辺見庸さんの怖いような目つきではなく、高野秀行さんの | 突拍子もない軽めの冒険譚でもなく、岸恵子さんのカッコよさもないけれど・・・ | この方も、ワタシの夢を生きてくれているようだ。(第十五話で、全く同じような | 内容の言葉がルーマニアのうら若き女性によって語られます。同感です。) | | そうそう、第四話のモンゴル篇で、ページの端を折ったところに、こんなセリフ | がありました。野菜スープに興味を示したふうな老紳士が言う。 | 「私は、生まれてから一度も野菜を口にしたことがありません」 |
そっくり返ったんでした。
| ・ | だらだら書いてしまったのを繋ぎました。 | 「インパラの朝」同様面白かった(特に前半が)ので、きっと今は文庫本になっ | ているんでしょうね。で、この「インパラ」、急に思い出した古い岸恵子さんの |
どうやら両方とも娘にあげたんだな。
| こんな旅行の真似されたんじゃ、親は気が気じゃない・・・ | |
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