休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

『遠縁の女』/青山文平

20190809(了)
『遠縁の女』/青山文平
 (1)機織る武家
 (2)沼尻新田
 (3)遠縁の女
  2017年4月/中編時代小説集/文芸春秋/単行本/中古
  <★★★☆>

 

(1)血の繋がらない三人が身を寄せ合う、ニ十俵二人扶持の武家の一家。
  生活のため、後妻の縫は機織りを再開する


 落ちぶれた武家のいきさつが、娘婿の後添いとしてやってきた女性の眼で描
かれる。
 いきさつ自体も結構変わったお話なんだけれど、どう進むのかなと思っていた
ら、貧乏を突き抜けてしまうような感じ。
 彼女が機折りを再開しはじめてからの物語の転がり方が楽しく、一家がちょっ
と不思議な再生のしかたをするのが心地よい。
 彼女が織り機や織るという行為自体と対話しながら進んでいくのが白眉。

 

(2)新田開発を持ちかけられ当惑する三十二歳当主。
  実地検分に訪れた現地のクロマツ林で、美しい女性に出会う。


 多分日本海に面した、さほど北でもない小国。もう戦国の世など遠い昔。武
士の武士たる所以は学問や商や政に移行し、薄れてしまおうとしている。
 この小国の疲弊を少しでも支え、彼の家一統を統べようとする当主の起死回
生の計画とその奮闘記。
 開発予定地である地域は海が近い砂地だが、それを守るように存在している
クロマツ林の存在が話全体をもミステリアスに支える。
 他の2話同様二転三転するんだけれど、中でも、かたくなな親父が突然、はじ
めとは真逆の主張を開陳するあたりから、当主の計画が形を成し始める。親父
に秘密があるように、この当主にも明かせぬ秘密が生じるというのが面白い。
クロマツ林での女性との出会いがどうミステリーになるんだということ。なん
となくわかりはするんですけどね。すてきにストイックでした。

 

(3)寛政の世、浮世離れした剣の修行に出た武家
  五年ぶりに帰国した彼を待っていたのは、女の仕掛ける謎――。


 (2)同様もうとっくに剣の時代なんか終わってしまっているのに、父に説得
されて(ほぼ命令されて)武者修行に出た若者。案外なほど充実した修行ライフ
を送る。
 父の死の知らせで突然修業は5年で終わり、戻ってみると、惹かれていた娘の
父親と、彼女の夫におさまっていた彼の親友が共に政策の失敗によって自裁
ていたことがわかる。“なぜなんだ!どうしても知りたい!” と、ここからが本

筋。
 事情を大して知らないらしい叔父の話や、事情を知っているはずの、どこかに
軟禁されているという彼女に会いに行ってされる話などで、真実は詳らかになら
ぬまでも、自分が考えていたようなものとは全く違っていたことが徐々にわかっ
て来る。そうして驚くべき展開が待っている。
 なかなかいいミステリーです。主人公の若者の一見静かな一人語りがけっこう
饒舌で、結局のところ十分理屈っぽかったんだなぁという感覚です。
 本のタイトルにしただけのことはあって、これが一番面白かった。
 更に、この本のカバーの絵は、別にこの三作品とは何の関係もない既成の絵
画作品ですが、明らかにこの第3話のキャラクターのイメージのよう。ここまで
ふくよかかなぁ、とは思いつつも、、、(1)(2)のストイシズムとはかなり違
って極めて特異な展開を見せるわけで、そのミステリアスさを匂わせるには、存
外面白いチョイスだったかもしれません。

 

 一口で言うなら、写真の帯にある通りでしょう。
 わりと理窟が勝った小説で、ミステリーの面に相応して文章的にもやや硬い気
がするんだけれど、決して詩情などの情感にも不足していない。
 単純な感想文しか書けませんでしたが、心地よく読むことができました。