休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

シェーンベルク/オラトリオ「ヤコブの梯子」

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20161004(了)
シェーンベルク Arnold Schoenberg 1874-1951;
(1)オラトリオ「ヤコブの梯子」(フラグメント) Die Jakopsleiter(1917-22)
    (オーケストレーション:Winfried Zillig、テキスト:シェーンベルク) 47:35
 ①「右にいても、左にいても、将来に目を向けていても」(ガブリエル、合唱)4:51
 ②「問いかけもせずに?」(合唱、ガブリエル)4:46
 ③「その調子で!先へ!」(ガブリエル、指名された男)3:54
 ④「お前はいつも自分に満足している」(ガブリエル、扇動的な男)2:09
 ⑤「この二者択一」(ガブリエル、奮闘する男)3:54
 ⑥「彼と汝等の意志に対して」(ガブリエル)2:25
 ⑦「私は近寄れない、何故なら近寄る時に私は負けるからだ」(選ばれた男、
  ガブリエル)5:40
 ⑧「主よ、私の不遜をお許しください!」(修道士、ガブリエル)5:10
 ⑨「主よ、私は一生涯この時間を待っていました」(瀕死の男)3:30
 ⑩「お前が再び光に近づくのは」(ガブリエル、合唱)3:25
 ⑪大交響間奏曲 7:25
(2)室内交響曲第1番 Op.9(1906) 19:43
(3)映画の一場面の伴奏音楽 Op.34 (1929-30) 8:25
  ピエール・ブーレーズ指揮/BBC交響楽団(1)(3)、BBCシンガーズ(1)/
              アンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバー(2)
   (1)のソリスト
    ガブリエル :  ジークムント・ニムスゲルン(Bs)
    指名された男: ケネス・ボウエン(Te)
    扇動的な男:  イアン・パートリッジ(Te)
    奮闘する男:  ポール・ハドソン(Bs)
    選ばれた男:  ジョン・シャーリー=カーク(Br)
    修道士 :    アンソニー・ロルフ・ジョンソン(Te)
    瀕死の男(女声):オルトルン・ヴェンケル(Ms)
    魂 :       マディ・メスプレ(Sp)
  録音:(1)1980年4月、パリ、ジョルジュ・ポンピドー・センター、IRCAM
      (2)1979年9月、パリ、ジョルジュ・ポンピドー・センター、IRCAM
      (3)1976年2月、ロンドン、EMIスタジオ        (Tot.75:43)
  1993年/CD/現代音楽/声楽・管弦楽/SME/邦/中古屋
  <★★★★>
 
(1)テキストは、きっかけはルカによる福音書だが、自分で書き、早く作曲
も始めたものの、戦争その他さまざまな障害によって中断と再開を繰り返
し、結局未完で終わった。奥さんの要請でツィリッヒという弟子だか教え子
だかに頼んで完成させた。といってもようやく第一部のみ。第2部というか
後半部は出来てないから、フラグメントでしかないというわけだ。
ライナーにある解説では、シェーンベルクが考えたらしい宗教的思索や、あ
る種それ以上の広がりのある思索内容がいろいろ書かれているが、面白
くもなんともない。興味もない。
西洋音楽かぶれにしては、情けない気もしないではないけれど、まあそれ
を言ったところで、じゃあなぜこうした音楽に惹かれるかということの説明
にはならないわけで、、、(これでも子供のころはクリスチャンだった!)
音しか聴いてない、というワタクシメの“信仰告白”みたいなもんだわ。
で、そのサウンド
無調から十二音への移行時期に書きはじめられたとのことで、オーケスト
レーションの補筆をした御仁も、その調子を維持したんやね。
素直に、なんとも心地よい。どうしてこういうサウンドが好きなのか我なが
らよくわからんのですけどね。
最後の⑪に陶然。
ただ、ソプラノ(「魂」役)がたいへんな高音で、ほとんど非人間的。これだ
けは美しくない、ちょっとつらかった。
残響が少し長い気がしたが、繊細さも失ってなかったし、色彩感も十分。
ワタシにはいい録音に思えた。(車の中だけど)
(2)聴き覚えのある曲。
素敵だったが、録音は上記と同じ場所なのに、まあうんと小編成だとはい
え、えらく違った音だった。そんなものなんだろうな。
(3)これが分りやすいいい曲。
ハリウッドからオファーを受けたが、条件が合わずに実現しなかったとかい
う。実際にはちょっと書いてたっていうんだ。
時の映画ったって、サイレント。当時の録音技術ではむしろ映画音楽にな
らなくて正解だったろう。
もっとも、作曲者の出した‘条件’というのが、金額なんかでなく、書いた音
楽は一音たりとも変えないなんてものだったから、映画製作者側とは物別
れに終わった。現実は、当然蹴られたんだろうよ、きっと。シェーンベルク
んは映画のことはろくに理解していない方だったか、意外に融通が利かな
い方だったのかもしれないねえ。