休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

赤坂真理/小説『東京プリズン』

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20151220(了)
赤坂真理/小説『東京プリズン』
  第一章 十五歳、アメリカ最果ての町にて
  第二章 謎のザ・ロッジ
  第三章 マッジ・ホールに潜入せよ
  第四章 ピープルの秘密
  第五章 米軍の谷、贄の大君
  第六章 十六歳、敗北を抱きしめて
  第七章 世界曼荼羅に死の歌を
  最終章 十六歳、私の東京裁判
  解説  小説にはこんなこともできるのか 池澤夏樹
       2014年7月/小説/河出文庫/単行本2012年7月/中古
      <★★★☆>
小説にこんなことができるんやねえ、というような意味のことを解説の池澤夏樹
が書いている。
感想文、ムズカシー。
(カバー裏惹句などから):
本の学校になじめずアメリカの高校に留学したマリ。だが、今度は文化の違い
に悩まされ、落ちこぼれる。そんなマリに、進級を賭けたディベートが課される。そ
れは日本人を代表して「天皇の戦争責任」について弁明するというものだった。
16歳の少女がたった一人で挑んだ現代の「東京裁判」を描き、今なお続く日本の
「戦後」に迫る、、、
  第23回紫式部文学賞受賞!
  第66回毎日出版文化賞(文学・芸術部門)受賞!
  第16回司馬遼太郎賞受賞!
  ダカーポ「今年最高の本!」(「dacapo」)第1位!
  戦争を忘れても、戦後は終わらない……
  “文学史的”事件
物持ちがいいでしょう、新聞の広告の切り抜き。 輝かしい新聞の広告の切り抜
き。同業者の賛辞がすごい。
文学史的事件’かどうかはともかく、‘文学的事件’であったのではないか。
あるいは、、、超がつく「怪作」かも。
ひどいもんでね、戦後のどさくさに生まれた団塊の世代たるオレたちのみならず、
その後の今の今までも(ホントかよ!)そうらしいじゃないか。高校までは現代史
を学ばなかった。歴史の教科書にはおよそ載っていたけれど、明治の終わりくら
いまでで、授業はストップしてしまった。入試に出ないんだから“ほっとけ!”
こんなこっぱずかしい国、ある?
ご近所の国々のことを論評する以前だもんなあ。高校までは、学校の中でだけ
学べないなんて。
山である最終章に行き着くために、さんざっぱらイライラさせられる。
なんたって落ちこぼれ的な日本人の女子高生が、アメリカの高校でも孤立し、な
んとなんと「天皇ヒロヒトの戦争責任」をネタに賛成反対に別れてディベートしな
きゃならなくなる。
いわば語り部的な45歳になった作家である本人ともども、ダダ漏れ状態の妄想
と迷走を挟み込みつつ、戦争や日本と日本人、憲法のこと、天皇制そして特に
現人神たる天皇ヒロヒトのことを、まあいわばたった一人で認識してゆこうとす
る。告白すれば、ワタシはこのある種生理的だとしか思えない妄想に、どれだけ
イライラしたことか。
最終章だけでいいんじゃない?
それが、そうじゃない、この少女と一緒になって考えなきゃこの小説の意味はな
いということなんですね。
イライラしてもあれ(ディベートの準備以外のいろいろ)は意味のある道草だった
んだと。
何かが解決したなんてことはないんですが、これが日本では経験しないアメリ
で行われたディベートの形を取っているものの、アメリカ人のことでもないし(まあ
関係はめちゃくちゃあるけどね)、ましてや世界のことでもない、他でもない日本
人のこと、「毎日無意識に生きるあんたのことでっせ」、という感じがしましたねえ。
ばれなきゃどうってことないようなものですが、オレはこんなにモノを(歴史を)知
らなかったんだという気持ちはちいさくないですな。
それに天皇制の(そしてもちろんヒロヒト天皇の)といってもいい、その不思議な
空気のような存在、力があるようでなんにもない透明な器のような存在、のイン
パクトは絶大。
そんな存在でありながらの「終戦(≠敗戦)宣言」は、いったいどんな思いでなされ
んだろうねえ、めちゃめちゃ辛そうで、ほとんど笑いたくなる。
ただその存在のインパクトはあくまで感覚的なもの、具体的に言葉にするのは無
理なものであって、捉え方がちょっとばかり深まってはくれたという程度やね。
そんなんだから、アメリカ人なんぞに理解できるわけもない。ましてや全米ライフ
ル協会の主張に同調しているような人においておや。
それに、常々意識し続けられるようなものじゃない。その必要があるとも・・・思い
にくい。なんてね。日本人がこれだぁ。
ここまで反応したんだからもっと点数高いかというと、星4つは無理です。
認めてはいるんですが、ひとえに、女性の感性が猛烈に濃いから。ワタシには濃
すぎる。いや、読んだことを決して徒労と思ってはいませんよ。締めくくりのディベ
ートなんざ意外に快哉。でもでも、この小説の‘女性性’って、問題視しなくていい
とは思えない。
この居心地の悪さみたいなもの(スミマセン、個人的で結構!)を否定したら、こ
の小説、成り立たない。よく言えば‘文学臭さ’の一端を担ってもいるかも。
むずかしいところじゃないんでしょうか。
(ワタシには、最後に天皇さんの姿がぼーっと残っちまった気がする・・・)
 
 
脈絡なく沢山メモったところ、あとがきの池澤夏樹さんが数行にまとめたものに
てんでかなわないとわかって、端折りまくった。それでもこれだけ残って、、、
アホだねえ。
もっともこんな無謀、果敢な小説あるかいな。
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