20200804(了)
| シャルル・ケクラン(1867-1950); |
| (1)Vers la Voûte étoilée Op.129 (1923-33;rév1939) |
| (管弦楽のための夜想曲) ①12:31 |
| (2)交響詩『ファブリキウス博士』Op.202 (1941-44:orch.1946) 51:09 |
| Symphonic poem after the novel by Charles Dollfus |
| Le Manoir ②5:06 |
| La Doulur ③1:57 ④1:54 ⑤2:17 |
|
La Révolte ⑥0:43 ⑦1:16 ⑧0:47 ⑨0:33 ⑩4:03 ⑪2:41 |
| Le Ciele étoire ⑫8:58 |
| La Natre,la vie,I’Espoir ⑬4:18 |
| “Répose de I’Homme” ⑭4:40 |
| La Joie ⑮6:52 |
| Choral final ⑯5:04 |
| ハインツ・ホリガー指揮/シュトゥットガルト放送交響楽団 |
| 録音:2003年?/独、バーデンバーデン、SWR/世界初録音/Tot.63:40 |
| CD/2004年/管弦楽曲/ⓒ&Ⓟhänssler CLASSIC/SWR/輸入/中古 |
| <★★★★> |

| いつもだと曲ごとに印象を書きますが、なかなか書きづらくてね。 |
| で、見つけたのが投稿。これが翻訳ソフトによるものらしい奇妙な日本語。 |
| 勝手に意味が通るよう直してみました・・・(2)のことです。 |
| 「・・・この交響詩は50分を要する大きな作品で、ある人物の状態の変化 |
| を表現している。はじめは悲観論や実存主義的な不安に満ちている。次に |
| は怒りの表現。これがこの曲の中でも極端に強く激しい。その激しさが過 |
| ぎてからは徐々に落ち着き、考え方もまとまってきて、最終的には悲観論 |
| の檻から抜け出せる・・・ |
| 音楽的にははじめからリスナーを引きずり込み、素晴らしいサウンドや雰 |
| 囲気に浸らせ、非常に説得力がある。でもどうだろう、白眉は‘怒り’を表わ |
| す部分ではないだろうか。これまでに作曲されたいかなるものにも似ない |
| 無調のフーガ。輝かしさと同時にほとんど狂気をも感じさせる・・・」 |
| とまだまだ続くのですが、この辺でやめときます。 |
| でもなるほどという気もしました。 |
| ワタシのネタは、おしまいのほうで、苦手なオンドマルトノが何度も出て |
| きて、安手のSFにならず、案外よく合ってたこと。もう一つあります・・・ |
| それはミヨ―にやたら似たところがあること。ビックリでしたね。なんの |
| ことはない、下の引用中にある通り、ミヨーは彼の生徒さんの中にいて、 |
| 猛烈に影響を受けたのね。 |
| それも美しいところが似ている。すぐに分かった。でもその美しさはミヨ |
| ーの比じゃない。いやミヨーは好きなんだけれど、いろいろと楽しい作曲 |
| 家であって、新古典に軸足を置いていたようなのに対して、先生であるケ |
| クランのほうは印象派を突き詰めつつも、新古典はもちろん、無調やセリ |
| ーなども勉強したから、基本線が違っているみたい。 |
| 素人のワタシは、ケクランは美しさにはこだわったという気がする。 それ |
| も、とても奥行きや深みのある神秘的美しさに拘ったとでもいう感じ。特 |
| にオーケストレーションによって際立つ大変な感性と技術があったのでは |
| ないか。編成の小さい楽曲も実に素敵なものが多いが、それではこの美し |
| さは発揮できない。まあこれから何を言いだすかわかりませんけどね。 |
| 今のところそんなふうです。理屈なんぞ全くわかりません、フランス近代 |
| で言われる五度がどうのこうのというようなことすら知らないです。でも |
|
言えるのは、このケクランのオーケストラルサウンド、今のところ好みで す。 |
| この際、書いてしまうと、モヤモヤ感だけでできたみたいな(1)も、この |
| ファブリキウスという人物の一生のさまざまなシーンを、それなりの起伏 |
| をもって描いた(2)も大好き。 |
| あるホームページに、やはり説明しづらいのか、柴田南雄さんの解説から |
| たくさん引用してありましたので、その一部をワタシも使わせてもらうこ |
| とにします。WIKIよりわかりよい。もっとも、このCD内の曲については |
| 調べた限りでは説明はどこにもなかった。(作品一覧も見つからない) |
| 柴田先生の解説はこんなふう。 |
|
" |
| 1867年、アルザスの両親の下にパリに生を享けたケクランは、長じてパリ |
| 音楽院に入り、マスネー、ジェダルジュ、そして後にフォーレに師事した。 |
| 一生を地味な制作三昧の生活で過した後、1950年の大晦日にひっそりと世 |
| を去った。 |
| シャルル・ケクランは現代音楽の巨匠たちの中でその作品がもっとも知ら |
| れていない一人にぞくする。彼の故国のフランスでさえ、彼の音楽理論の |
| 書物、すなわちフーガと対位法に関する著作や、和声と管弦楽法に関する |
| それぞれ3巻と4巻づつの大論文などは有名であるが、作品はそれほど知ら |
| れていない。しかし彼は生涯を通じて一度も公的な地位につかず、ごくわ |
| くずかな生徒をプライヴェィトに教えただけで、あとは前述のように制作 |
| に没頭していたのであった。(そのわずかな生徒の中にダリウス・ミヨー |
| やプーランクがいるが、とくにミヨーの音楽は多くの点でケクランの影響 |
| を示している。)誰にきいても、ケクランは愛すべき、尊敬すべき人物で |
| あったという。 |
| 彼は内向的な性格であったにも拘らず、自分の周囲の世界に強い興味を持 |
| ち、若い世代のために情熱的に戦った。彼は死ぬまでISCMの熱心な支持 |
| 者であった。彼自身の音楽上の関心は決して偏狭なものではなかった。彼 |
| は20世紀のフランスのすぐれた作曲家のうちでは最初にシェーンベルクと |
| とその一派の作品を詳細に学んでいる。しかもそれはシェーンベルクたち |
| が国際的にうけ入れられるずっと以前にである。彼は管弦楽法の論文の草 |
| 稿を書いている時、シェーンベルクの《期待》OP.17のあるパッセージを |
| そらで書くことができたということである。 |
| 音楽的教養の巾広さと純然たる技術的完成においては、現代フランス作曲 |
| 家の中でケクランの右に出るものはいないと言ってもよい。作曲家として |
| ては彼は自分の思う通りにふるまった。そしてその源が中世であろうと第 |
| 二次ヴィーン楽派であろうと、バッハであろうとドビュッシーであろうと、 |
| 彼は触れたものすべてに自分の烙印を残さずにはおかない。時折自分の練 |
| 習のためや、他の人々に例として書いた無数のフーガ、カノンなどもその |
| 例外ではない。 |
| ケクランの莫大な作品量から見れば、今日未だごく小部分しか出版されて |
| いない。オーケストラや合唱の大作はすべて手稿のままだし、初演されて |
| いないものもある。明らかにケクランは自分の作品を宣伝することに殆ん |
| ど、あるいは全然関心を持たなかった。この特長は、シェーンベルクのす |
| ぐれた弟子であったギリシャ人のスカルコッタスと同じである。もしも、 |
| 彼の作品のより代表的なものが聴けるようになって一般に知られたならば、 |
| ケクランはたしかに、ドビュッシー以後のフランス音楽において傑出した |
| 人物の一人となるであろう。(1967・4 柴田南雄) |
ISCM;国際現代音楽協会
”
| ケクランがひっそり亡くなってからたった17年で、こんなことを書かれて |
| いるなんて、慧眼じゃないでしょうかね。 |
| 多作家だったようで、まだまだ紹介されていない曲が今でもたくさんある |
| んじゃないか。こんなに素敵な曲があるのなら、どんどん紹介されるとい |
| いな。ずっとそう思っているのです。 |
| ワタシの持っている「ジャングルブック」中心の2枚組CDより、演奏が精 |
| 妙でアンサンブルも上質な気がします。初めてケクランを聴いたそのCD、 |
|
久々に聴いてみてもいい。
|
| (聴いてみました。ジャングルブックは非常にカラフルで、歌も入るこ |
| とから、曲のタイプが大分違っていまして、あまり比較対象はで来そ |
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うもなかったですね。あまりに暑かったってこともあって、冷静では なかったし・・・) |