| 20250704(了) |
こぎおろしエッセイ
| 第一章 雨を待つ日々 |
| 第二章 黄金の誘惑 |
| 第三章 ふるさとの匂い |
| 第四章 月明かりの河原 |
| 第五章 趣味的な人生 |
| 2003年10月/エッセイ/小学館/単行本/中古 |
| (BE-PAL誌に2001年4月から2003年4月号まで連載された |
| 「のんびり行こうぜ」を編集したもの) |
| <★★★★☆> |

| 野田知佑(1938-2022) |
| この鑑賞記、案外むずかしい。この方の本を読み始めたのは、オッサンになっ |
| てから、それでも30年以上前だね。 |
| いろいろ読みました。アウトドアライフに憧れていたが、叶うはずもないと決 |
| めこんでもいたから、偶然最初に読んだ『日本の川を旅する』(文庫だったと思 |
| う、名作)が刺さりましてね。あぁ、この人の本読んでりゃいいや!になっち |
| ゃった。 |
| 日本の川下りのこと、川面からの通常人が見られない景色のこと、釣りや食べ |
| 物や下りながらできる仲間や釣り人とのいざこざ。海外の川下りのこと、時に |
| は取材旅行なんてのも混じるが、エッセイストとして食っているようなもんだ |
| から当たり前。記者経験もあってだろう、文章は凝らず平明で味がある。 |
| 川ガキ養成講座という企画のこと(これは当初のエッセイにはなかったもの)。 |
| 川辺川や吉野川などダムや堰の建設には終始反対で、やむを得ず政治的な行 |
| 動に絡んでしまうことも。始めは国交省や建設省に腹を立て、けんかや裁判 |
| をしていたが、だんだんジジイに近づき、役人のあほさ加減のどうしようも |
| なさに、怒りを抑えるようになってきたことなど。(ワタシは農業政策も根っ |
| こは同じだと思わぬでもないが・・・ここではやめときます、そういう意見 |
| 陳述の場ではないつもりだし) |
| 川辺川ダムはこの時点ではまだ計画中止の段階には達していない。その後 |
| どんどん反対運動が進み、いったんは計画中止になったが、今はまた屁理 |
| 屈や嘘が得意な国交省が動き始めている(蠢き始めている、の語感のほう |
| が合う)のかな。・・・言葉が悪くなってゴメンナサイ。 |
| 6/30の新聞で中小の河川のうち、あふれる危険性の高さを調べ切れていな |
| いものが多いという大きな記事がありました。ゲリラ豪雨のようなのが増 |
| えていることももちろんあるんだけれど、もともと山林の保水力がなくな |
| ってるんだから当然危ない河川は多いに決まっている。いわば議論があべ |
| こべ。もっとも、この手の話がないと、読むほうも調子が出ない感じもあ |
| る・・・なんてね。 |
| などとついつい言いたくなる。以前よく読んでいた時の感覚がよみがえる。 |
| 川ガキ養成講座は代名詞的主催者がいなくなった今はどうなってるのだろう |
| な。川ガキや海ガキを育てたい親はきっと減ってる、だいたい危ないと子に |
|
へばりついてほっとけないだろう・・・ でも、きっといる。(そんな気が する) |
| 第3章から、かわいい話を写してみたいと思います。これはもちろん |
| 徳島や吉野川でのもの。 |
| 徳島市からの帰途、ヒッチハイクの青年を拾った。27歳のフリーターだ。四 |
| 国は南国だと思ってきたら、寒いので震え上がっていた。大学を出て五年目だ |
| が、これからどうすべきか模索中。こういう青年の扱いが一番難しい。前日乗 |
| せてくれた車の運転者は、彼がなにもしていないというと、とても怒って、も |
| っと真面目に生きろといったそうだ。ぼくも若い時に同じような経験がある。 |
|
世間の俗物どもは相変わらず同じようなことを考え、同じようなセリフを口に しているようだ。 |
| 「どうしていいかわからない時は旅に出るのが一番いいと思うよ。世界中の青 |
| 年が昔からそうしてきた。自分にぴったり合う職業、仕事、生き方は簡単には |
| 見つからない。たいていの人が紆余曲折を経て現在の仕事をしている」 |
| 大人たちは自分より社会的に力のない若者を見るとナメてかかり、自分の人 |
| 生観を押しつけたがる。「世の中は甘くないぞ。早く就職しろ」「早く家庭を持 |
|
って落ちつけ」 などという。実態は自由な人間に近くをウロウロされるのが嫌 なのだ。 |
| そんなに簡単に就職したり結婚したりできるような、円満で温厚な人間なら |
| 苦労はない。そういう人はすんなりと世の中に入っていく。しかし、青年の多 |
| くはそうではない。胸の中にあるもやもやしたもの、世の中と接触するたびに |
|
いつも不協和音をたてる自分の屈折した未熟な性格、何かに対する漠然とした 怒り・・・・。 |
| それに、自分に説教しているその大人の顔を見れば、そいつがなんの努力や |
| 選択もしないで生きてきた人間であることが分かる。 |
| 「あんたのような人間のくだらん説教は聞きたくない。こんな車に乗ってい |
| るのは不愉快だから、そこで停めろ」 |
| といったケンカをして、何度もヒッチハイク中の車を降りたことがある。無 |
| 力な若い者の方が大人より何倍も真剣で、苦労しているのだ。 |
| 大人になるっていいな、とぼくが思ったのは、二〇歳を過ぎた頃だ。周囲の |
| くだらん大人たちのいうことを無視できるようになったからだ。大人になると |
| いうのは自由になるということだ。くだらない周囲の大人たちの干渉や拘束か |
| らの自由。ぼくはまだあの愚劣な大人たちに怒っているが、彼らは事あるごと |
| に「世の中は甘くないぞ」といって、ぼくの夢を押し潰そうとした。しかし、 |
|
あんな程度の低い人間でも、餓死もせず妻子を養って生きているのだから、世 の中は甘いと思う。大甘だ。 |
| 「早く君の好きなものが見つかるといいね。自分の好きなことを夢中でやって |
| いると、今の世の中はそれで食っていけるみたいだよ」 |
| 「なにが好きなのか分かりません」 |
| 「じゃあ、仕方がない。諦めて就職するさ」 |
| 「ぼくは諦めきれません」 |
| 「それじゃあ、もっともがいてみたらどうだ」 |
| 「僕はもう二七です。三〇になる前に身の振り方を決めたいんです」 |
| 「どうして三〇にこだわるんだ」 |
| 「だってみんなそうでしょ」 |
| 「世間にクソくらえといっている君が、世間のしきたりに振りまわされるのは |
| おかしいよ。ぼくのまわりには四〇を過ぎてからやっと自分の好きな道を歩み |
| 始めた男が多い。ぼくもそうだ。ぼくのおふくろは五〇歳までは平凡な主婦だ |
| ったが、五〇になってから夫から自由になり新しい生き方を始めて一財産を作 |
| ったぞ。五〇歳からでも充分間に合うというのが彼女の口癖だった。そのくせ、 |
|
当時、君のようにフラフラしていたぼくには、早く就職しろといい続けて、ぼ くを苦しめたがね」 |
|
「野田さんは遊びを仕事にしている人間でしょう。つまり遊んで暮らしている |
| 訳ですね」 |
| 「まあそうだ」 |
| 「ぼくもそんな風に遊んで生きたいんです」 |
| 「うーむ」 |
| こういう青年が一番困る。日和佐の二三番札所、薬王寺の前で彼を降ろした |
| 時はホッとした。 |
| 寒バヤを釣りに行く。まき餌をすると、しばらくしてカワムツ、ウグイがポ |
| ツポツ釣れだした。向こうの川原を探っていたタロウがなにやら口にくわえて |
| きた。イノシシの脚の先だ。ヒヅメから長さ三〇センチのところで切られてい |
| て、皮がついたままだ。それを恍惚とした顔をして囓っている。タロウ、それ |
| をよこせ、というと、ぼくの手の届かない所まで逃げて、そこで囓り続けてい |
| る。猟師たちが川原で射止め、そこで解体したものらしい。 |
| 今年もイノシシが多い。昨年の秋に徳島の高速道路をイノシシの親子が六匹 |
| 歩いていて、トラックにはねられた。隣町の交番ではシカがとびこんできて、 |
|
室内で暴れ、部屋の中を滅茶苦茶にした。シシ肉を持ってきてくれた葉田の爺 さんが、 |
| 「今年は毎日、一頭捕れる」 |
| という。 |
| 「この前、メスのイノシシを射ったらコロリと引っくり返ったんで、死んだと |
| 思ってな、銃を置いて近寄ったら、そいつが起き上がって手に嚙みついた。オ |
| スはキバで突くが、メスは噛みつくんじゃ。痛うてなあ。ナイフで仕留めたが、 |
| しばらく噛まれた手が使えんじゃった」 |
| 村の老人たちの話によると、毎年、日和佐の山奥の一番高い頂上でイノシシ |
| どもが集まり、会議をする。今年はどこそこの田んぼの稲がうまいといった情 |
|
報を交換し、よくできた集落の稲を大挙して襲うのだという。面白いので笑っ |
| て聞いていると、真面目な顔をして、 |
| 「それ、ホントのことじょ」 |
| と怒る。日和佐弁の語尾は「じょ」だ。 |
| そこらへんにします。知った名がちらほら出てきます。亡くなってしまった方 |
| が多い。椎名誠、C・W・ニコル、立松和平、青柳裕介、藤門弘、辰野勇、渡 |
| 辺一枝(椎名の奥さん)、夢枕獏、中村敦夫、旭堂小南陵、ヒト岳(椎名の息 |
| 子で、イヌのガクと区別するために、イヌガク、ヒトガク・・・) |
| 最終的には、唯一川らしい川が残っているという吉野川上流域を終の棲家とし |
| たようですね。きっとそこで亡くなったんでしょう。 |




| 時々は生活臭もしなくはない。出版社とのやり取りなんかはもともとほとんど |
| 書かない。やっぱりこの人は遊び人・・・、遊ばないと話にならない。 |
| おしまいの方では、吉野川の支流の小さい村を拠点にしたその顛末にさらっと |
| 触れている。定住は主義に反するようにも思う。 |
| 村の婆さんたちとの会話が素敵だ。 |
| いい本でした。お薦めしますが、手に入りにくいかもしれませんね。最初に挙 |
| げた『日本の川を旅する』のような大出版社の文庫(勿論’昭和’)がいいかも。 |
| そりゃあもう日本も(世界も)随分変わってしまってはいますが、今読んでも、 |
|
読むアウトドア、あるいは川から見る世界の不思議、きっと楽しいと思います よ。 |
補:
引用した文の場所も、終の棲家にされた場所も、日和佐や日和佐川。吉野
川の支流なんかではありません、勘違いしていました。
四国に住んでいる大学時代からの友人が、指摘してくれました。ハズカシ。
2022年に野田さんは亡くなりましたが、ファンであったあるオッサンが
日和佐川で、2024年に犬と一緒に思いっきり遊んだ記録をネットに載せて
います。その時点ではまだ、野田さんの書いていたようなすばらしい清流
だったようです。長く続けばいいなあと思うばかり。