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| (ネットの内容紹介から) 私が4歳のとき、母は家を出た。アウシュヴィッツで |
| 看守になるために――50年後の再会。母の言葉は娘を打ちのめす。「あたし |
| は無罪よ! 後悔なんてしたことない」。ナチス親衛隊員だった母親の過去を |
| 娘が必死に問いつめてゆく、哀しく壮絶なノンフィクション・・・ |
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| 強烈な‘戦争の爪痕’もの。 |
| 娘さんは戦後イタリアに住んだので、原文はイタリア語で書かれ、そのドイツ |
| 語訳を日本語に翻訳したのかもしれない。 |
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| 母親は、ユダヤ人収容所の看守として充実を味わい、何かというと人を刺激し |
| 怒らせる。戦犯というわけではないらしい。 |
| 娘は戦後30年ぶりに再会(1971年)してとんでもない失望を味ったが、1998 |
| 年、その27年後に再会することになる。医者が、ボケが来はじめ老人ホーム |
| に入っているものの、体が弱っていて、いつ何が起きるかもわからないから |
| 肉親は会っておいたほうがいいと言い出したのを、(母親の)友人が手紙で |
| 知らせてきたからだ。 |
| 会うと決めるまでの逡巡、会うと決めてからの逡巡、ウィーンに着くまでのそ |
| れ、ホームに入り会うまでのそれ・・・。 |
| あいだに最初の再会の時のいきさつや状況などが織り込まれる。 |
| 娘さんがどんどんパニックになっていく様子こそが、この本の主眼かと思える |
| ほど。気も狂わんばかりという表現の文章の連続に辟易しながらも、こっちは |
| ページをめくる手が止まらない。 |
| 3時間ほどの面会が始まる。 |
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| 回想録とはいえ、確かにここまで長たらしく引っ張るようなものではないかも |
| しれないけれど、これも記録文学なんだろうね。時に噴出する‘絶滅収容所’ |
| のリアルな表現は胸糞悪い。 |
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| で・・・半分読んでしまえば、このタイトルの意味がどうしようもなく分かる。 |
| 別離から57年たっていて、二度しか会っていないのは、ボケ始めた母親にと |
| っても同じで、凄む、懐柔する、泣き落とす等々手を変え品を変え、母親とし |
| ての権利のために、真実を小出しにして娘を引き留めようとする・・・ |
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| 小さく萎んでしまった母親の頼りなげな見かけやボケとは裏腹に、変わり身 |
| も鮮やかに、娘をにらみつけて、つまり上目で眼ギラギラさせて、ナチスを賛 |
| 美したりユダヤ人の扱いを正当化したり、はたまた娘のつれなさを非難したり、 |
| かと思うと弱々しさそのものでもって、帰らないでほしいこと、何度も来てほし |
| いこと、自分をマミィと読んでほしいというようことを訴えかける。 |
| 娘の気持ちは、抵抗しつつもそれに完全に引きずられて、アップダウンの繰 |
| り返し。 |
| 本当のところを知らなければという娘の気持ちのよりどころは、いろんな意味 |
| でだんだん麻痺してきてしまう・・・ビクビク感からヨレヨレ感へ。 |
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| 読むほうとしても、、、母親の喋る内容が、だんだんわからなくなってくるよう |
| な錯覚ような感じに陥ってくるではないか。つまり、母親は本当は‘後悔’の |
| ようなものを覚えてはいるのだが、娘が真実にこだわるほかは、帰るそぶり |
| ばかり見せるものだから、あえてナチスを賛美したり、ユダヤ人に対する処 |
| 分の正しさをいまだ疑っていない、などと芝居を打って引き留めようとしてい |
| るかのように読めなくもないような気がしてくる・・・ |
| このだらだら続く探り合いのような会話と気持ちのアップダウンの表現が、は |
| じめは作品としての稚拙さや引き延ばしと意識されるのだけれど、それがだ |
| んだん奇妙な酩酊感のようなものに絡めとられて行く、嵌められている、とい |
| う感覚も同時に覚えるようになっていると気づく。 |
| ここまで引っ張ってきたため偶然生まれた効果なのか、あるいはそうした効 |
| 果を意図的に盛り込んだものなのか、よくはわからない。 |
| (くどいですね。この作品と似てきてしまいました。) |
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| そんなことで、ここらへんでやめときましょう。 |
| ドイツでも戦争体験の、ナチをよく知る語り部がどんどん減っていることが問 |
| 題視されているんだそうだ。 |
| 母親がナチの収容所の女看守であるという切り口は非常に‘貴重’らしい。 |
| この貴重という言い方にはどこか引っ掛かりますけどね・・・ |