「ジョーカー・ゲーム」は面白かったですが、この作者はもともと、こうした |
パスティーシュ・ミステリーからスタートしていたのですね。 |
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ワタシ「シートン動物記」は読んだことがあります。5-6冊のものだった。 |
小学生のたぶん高学年。親父の本で白水社だったか、翻訳者は内山 |
賢二というような名だったと思う。 |
シートンが画家を志したことがあるとは今回の小説を読むまで知らなか |
ったが、ペン画でね、これが良かったのですよ。写真もいろいろ載って |
いた。まあその程度の記憶しかないのですが、、、意地の悪い犬っころ |
の話があったように思う。なぜだか記憶にある。 |
昆虫に夢中になっていた後のことで、この読書も、どちらかというと生き |
物好きなまま大人になった原因の一つかもしれない。 |
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ここではシートンは80歳過ぎ。イギリス生まれ、カナダ育ち、アメリカで成 |
功し、ニューメキシコ州サンタフェの近くに広大な土地を買い、‘シートン |
王国’を築いた。ムツゴロウさんの動物王国は、これがモデルなのかな。 |
本人の話によると(って、もちろん著者の創作だけど)・・・ |
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1896年、あるいは97年だったでしょうか? 当時私は、ニュージャー |
ジー州タッパン近くに居を構え、動物の絵を描きながら、仕事のな |
いときは郊外に広がる、まだ手つかずの森に足しげく通っていまし |
た。 |
そのころから私は、自分が画家、作家、そしてなにより自然観察者 |
としての仕事を一つにした人生を送るべきだと、漠然と、しかし強く |
考えていたのです。 |
だが、それはいったいどんな職業なのでしょう? |
私以前にはそんな職業はありませんでしたし、それどころか当時はま |
だ、私と同じ道を歩もうとする人たちは存在すらしていなかったのです。 |
おかげで私は三十代半ばになっても収入が安定せず、将来は不安 |
に満ちていました。それでも、森にいるあいだはすべてを忘れ、目の |
前の自然と野生動物に没頭することが出来たのでした。 |
(森の旗) |
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これを書くのは若い新聞記者で、ひょんなことからシートン爺が話してくれ |
た動物に絡んだミステリーを記事にし、人気を得る。そしてシートンに次々 |
に話をせがんで記事にしてゆくという形。 |
みなミステリーで、大きなものから小さなものまでいろんな動物が出てきて |
は、結果的にミステリー解決の手助けをする。それらは動物や自然を観察 |
する正確な観察眼や記憶力による。それで「動物が助けてくれたからだ」 |
という表現をシートンさんは採る。 |
80才になったこのナチュラリストは矍鑠としているのですな。書き手の側の |
青年は、こんなふうに書く・・・ |
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シートン氏を訪れるたびに、わたしはいつもひどく驚かされた。 |
第一に、シートン氏は――そのきびきびした動作といい、眼鏡の奥の |
生き生きとよく動く茶色の瞳、なにより柔軟な思考と思いもかけぬ発 |
想は――八十歳の老人とはとても思えなかった。 |
だが、それ以上にわたしが驚いたのは、シートン氏が時折発揮する |
鋭い“推理力”であった。なにしろシートン老人は、普通の人ならば見 |
逃してしまうであろうごく細かな点を一瞬にして見てとり、その些細な |
事実から驚くべき大胆かつ精緻な論理を、たちどころに組み立ててし |
まうのだ。 |
シートン氏によれば、「野生動物に長年接していると、かれらが残し |
たわずかな痕跡を観察し、そこから動物たちの行動を推理する癖が |
自然とついてしまうものなのです」ということであったが・・・ |
(ロイヤル・アナロスタン失踪事件) |
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「三人の秘書官」では、ナチュラリストとしても知られたというセオドア・ル |
ーズベルト大統領が悩みまくって出てくる。実際に接点があったのかど |
うか知りませんが、大きく出たもんです。で、ここでミステリー解決のヒン |
トをくれるのが、なんとスカンク。翁が大統領をやりこめるというのも面白 |
い。これはちょっと変わった話だけれど、スカンクって、そうだったんだなぁ。 |
動物記にもスカンクがきっと出てきたんだろうが、むろん覚えていない。 |
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動物とミステリーは相性がもともとよく、それにホームズの切れ味がくっつ |
いた感じだと思ったら、解説の香山氏がこう締めくくっている。 |
『シートン動物記』と『シャーロック・ホームズの事件簿』の妙が一冊で |
堪能できるお得な一冊だと、ぜひ口コミでその面白さを広めていただ |
きたい。 |
だって。やったね。加えるなら、若い人に読んでほしい気がするな。 |
有名なロボや巨大な灰色熊のほか、さっきのスカンクだけでなくいろんな |
動物が楽し気に出てきて、これはたまらない。類似書はきっとないね。 |
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動物たちのいる森がうまく表現されている気がする文章が、おしまいの一 |
篇にこんなふうに書かれている。 |
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あえて言うならば、森はあたかも一つの生き物のようであった。わ |
たしたちがその中に入り込んだとたんに背後で閉じてしまう――進む |
につれて少しだけわたしたちを受け入れて開き、開かれた先へ進む |
後ろでまた閉じてしまう――数メートルだけは先が開いて進みことが |
できるのだが、振り返ると背後ではその数メートルの空間も消え失 |
せている・・・ |
(熊王ジャック) |
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恐いほど濃密な森!シートンさんの文章でなく、著者のものだと思う。確 |
信はないけど。 |
続編があってもいい。ああそうか、もう無理なんだ。 |