休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

川上弘美/「大きな鳥にさらわれないよう」

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20170109(了)
川上弘美/「大きな鳥にさらわれないよう」
  形見
  水仙
  緑の庭
  踊る子供
  大きな鳥にさらわれないよう
  Remember
  みずうみ
  漂泊
  Interview
  奇跡
  愛
  変化
  運命
  なぜなの、わたしのかみさま
  2016年4月/(連作)短編小説集/講談社/中古
  <★★★★△>
長いけど、まずは手練れの解説;
“人類の「未来」とは”/松山巌
  本長篇は「わたし」が五十人もの子どもを育て、しかも夫の勤める工場で
 は人間以外の動物の細胞を使って人間と動物を作るという話から始まる。
 こう紹介してもよく解らないだろう。
  しかし読み進めると、遥かに遠い未来、人類絶滅の危機に瀕した折、二
 人の指導者がこれまでの歴史の過ちを繰り返させぬため、人類の新たな
 進化を生み出そうと試み、国家を廃止し、世界を細分化し、異なる各地区
 で育った人間が交わったとき、新しい遺伝子を持つ人間、つまり進化した
 人間の誕生を計画したのだとわかる。
  ところが、この計画はコンピューターが人間の知能を凌駕し、しかもクロ
 ーンの発生技術と人工知能の複製技術とを組み合わせて進化し、二人の
 計画を助け、自ら「母」となり、しかも人工的に作った人間を置き、常に地
 区の変化を見守り、報告させ、統括していたのである。
  本篇は生物学を学んだ作者ならではの作品であり、同時に本篇の各章
 は長い未来と各地区で起きたことを、そこに生きる人間の語りで成り立た
 せている。わかり難いのは、各章で語られることが、まるでジグソーパズ
 ルのように全体像が見えないからだが、作者が描く未来は人口が少なく、
 原子力発電もなく、石油で動く車も少なく、一様に懐かしいほどに牧歌的
 だ。
  その上で人工的に作られた「わたし」たちは、コンピューターが進化した
 未来社会で愛や恋、悲しさや淋しさ、楽しさや嬉しさといった人間の感情
 を自問したり、語り合ったりする。ここに作者の主眼があり、また各篇の情
 景描写と心理描写に次のページをめくらせる力もある。
  しかも創世記を下敷きにして、人類の誕生と原罪をテーマにした野心作
 でもある。私たちは東日本大震災が起き、改めて過去と未来を考えるよ
 うになった。作者も、我々はどのような未来を望み、未来が人類の失敗に
 終わっても、人類は人間らしい感情を失わないだろう、と祈りを込めて最
 終章を締め括っている。
松山さんの文章、久々でした。何に載っていたのだっけね。かなり前にネッ
トから引っ張り出して貼り付けておいたものだったように思う。忘れちゃった。
ほとんどネタバレみたいですが、でも問題ないでしょう。
人間の終焉なんてのは、こんなんじゃないか、というのを川上さんは平易で
優しい文体で提示します。
この文体によるのか、「終末」にジタバタ感はまるでない。
各短編というパズルがはまり込んでゆく度に、物語の進み具合というより、
作者の意図やスタンスが徐々に徐々に形をとってくる。
なんだか悲劇的というのとはだいぶん違う。
“終わり”と言ってしまうと身も蓋もないのですが、「生命」というぐらいに視
点を広げ、そのぐらいのところから人間の希望を見るという感じですね。こ
こでの「生命」は、発達したAIなんかも含むといっていい。
まあそのうえでのこととして人間を見る。希望は、“普通の希望”と言ってい
いものかどうか。
希望は、二つ提示される。
その一つにはびっくりしました。
読んで、まさかと思ったあとしばらくして、ああそれって、科学的にもありか
もと思い直しました。
AIとどう付き合うかなんてことを気にしている段階は、ずーっと昔の話。
生き物としての人間の多難な未来像の一つ。もうほとんど手遅れという段
階の人間。
今から見れば「万」の単位で先のことかもしれないけれど、地球が膨張し
た太陽に吸収されちまうにはまだ「何十億」年の単位で先のこと。知的生
命が何回も代替わりする余地だってあるに違いない。
優れた小説家の想像力を、まざまざと知らしめる。こんな文体が意外とい
ってもいいような力を発揮するのが不思議。よくぞこういう黙示録ふうな世
界に飛び込んでくださった、と思います。

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