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| 長いけど、紹介文を載っけます。 |
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| (「BOOK」データベースから) フレッチャー一家は、インディアナのヴィゴアから |
| ノースカロライナのストゥベンへと、新天地を求めて引っ越してきた。フレッチ |
| ャー家の三人の子供のなかで、長男のスティーヴィはこの引っ越しにいち |
| ばんショックを受けていた。もともとひとりで遊ぶのが好きな子供だったが、 |
| その孤独癖はだんだんひどくなっていく。やがて、そんなスティーヴィに何人 |
| かの友達ができたようだ。だが、彼の話には腑に落ちないところがあった。 |
| だれそれと遊んだといって帰ってくるのだが、家の外で見かけるスティーヴ |
| ィはいつもひとりだったのだ。その繊細さゆえに、学校でも友達ができず、 |
| 空想の友達をつくったのか?そのころから、フレッチャー一家のまわりでは、 |
| 奇妙な出来事がつぎつぎにおこりはじめた…。連続少年失踪事件にゆれ |
| る南部の小さな町を舞台に、家族の愛とは、親子の絆とは、思いやりの心 |
| とはなんなのかなどを読む者に問いかける感動の書。ファンタジー&サイエ |
| ンス・フィクション誌1989年10月号にまず短篇の形で掲載され、89年度の |
| ローカス賞を受賞。1992年に長篇化された。 |
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| SF系の作家だし、基本、現実には起きない事柄なので、一応SF扱い。 |
| ファンタジーというのが妥当でしょう。 |
| 先に書くのもなんだけど、宗教的な理由もあって選ばれたと考えられる斉 |
| 藤由貴さんの解説が、言いにくいことも含めて実に立派に述べている。 |
| (アイドルでしたけどね、立派な女優さんになった。読書家としても知られ |
| ていて、解説文も多い。この頃はどうなのかな。) |
| ご本人の宗教への携わり方が、こういってはナンですが、非常にノーマル |
| なんだと思う。 |
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| この物語の中心は、簡単に言ってしまえば‘家族の絆’。 |
| 夫婦関係の機微や語り合い、夫婦それぞれと子供たちの結びつきなど。 |
| 周辺の事柄で前半に大きく扱われるのが夫の仕事で、今ならゲーム・ク |
| リエイターとでもいうのかな。自分の開発したゲームの権利のこととか、 |
| その業界のことなどがいろいろ出てくる。詳しい人ならおそらくいろいろ相 |
| 当古いと言うんじゃないか。 |
| それから、これが大きいが、どの解説にもほとんど載せていないけれど、 |
| この一家がなかなかに立派なモルモン教徒であり、解説の後半にある |
| ‘つぎつぎに起こりはじめる’出来事の一部とは関係があって、教会の内 |
| 情とでもいうのか、決して美しくないエピソードがクローズアップされること。 |
| 作者も教徒である。(アメリカ発祥のはずのこの宗派、ワタシは、一族の |
| 多くがプロテスタントであるにもかかわらず、モルモンのことはほぼ知りま |
| せん。) |
| 更にそれらの背景に「連続少年失踪事件」がある。 これがどういうふうに |
| 大きくなっていくのか気になってしまう(つまりミステリー)ことが、読み続 |
| ける原動力であり続けたのだが・・・ |
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| 前半のもたもた感には相当疲れた。逆の意見、ワタシには受けなかった |
| 部分にどんどん引き込まれてしまったという感想が多かったのが、よくわ |
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からない。ワタシの感想は星の数に出てます。
| 短編を膨らませたものとのこと。短編を梗概のつもりで出すなんて、いた |
| って一般的なわけで、「膨らませた?水増しかよ!」 と言いつのるには |
| 当たらない。 |
| 世評も高かったから手に入れておいたのだけれど、ただ、ワタシには、残 |
| 念ながら膨らませ過ぎに感じられた。 |
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| 帯には“「本の雑誌」が選ぶ本年度ベスト1”、とある。実はもう一つ帯が |
| 外側にあって、汚れているので写さなかったのだけれど、それには“「本 |
| の雑誌」が選ぶ90年代のベスト100 第1位”なんて広げて輝かしい惹句に |
| している。 |
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