休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

高瀬隼子/『おいしいごはんが食べられますように』(文芸春秋)

20241216(了)

高瀬隼子/

『おいしいごはんが食べられますように』

  2022年9月/雑誌/文藝春秋/中古
  <★★☆>

東京の都心というわけではないが、そうとう大きな会社の事業所。化学製品の
製造かな。その社屋の中でのある部署の、主に男女模様を中心にした会話。
 
そのうちの男二谷。仕事が好きというのでもない、できる人間には見てもらい
たいレベルで、ゆくゆくは少し出世などできればいいというぐらい。生活にも
拘ったものがない。女とのやり取りも、いちおう考えはするが割り切ったもの
で、かなり大雑把な感じ。思ってもいないことを平気で言い、どこか根っこと
いうものがない。彼の視点が一つ。三人称的に扱われる。
もう一つの視点は女性で、大学時代にチアリーディングを引っ張った押尾とい
う、ドライな女のもの。二谷にも、その他の社員にも結構興味がある。彼女の
場合は一人称的視点。
 
ワタシにゃ社内の人間関係なんて、別に小説で読みたいとは思わないし、はじ
めはいささかげんなりしたが、この二人の視点から物事が交互に見られる構図
に慣れてくると、人間関係のどろどろを描きたいんじゃないと分かってくる。

収斂するというんじゃない。様々な「食」「デザート」あるいは「食事」をネ

タに進んでゆく。

 
二谷:
 「おれは生きるためじゃない食べ物が嫌いだ・・・二谷は思うのだけれど、

 でも毎晩ビールを飲んでつまみは食べているなと思うと、自己矛盾で苦しく

 なる」

 「なるべくちゃんとしていない、体に悪いものだけが、おれを温められる」
自分を大切にするという考え方はしない。「苦しくなる」がふるっている。感
情は動いてそうなのに、実はそれをよくわかっていない感じ。仕事と生は、人
との付き合いと生は、関係ないよう。
 
押尾:
 「わたしたち助け合う能力をなくしていってると思うんですよね。昔、多分
 持っていたものを、手放していっている。その方が生きやすいから。成長と
 して。誰かと食べるごはんより、一人で食べるごはんがおいしいのも、その
 ひとつで。力強く生きていくために、みんなで食べるごはんがおいしいって
 感じる能力は、必要ではない気がして」

わかるようなわからないような。今時のまともそうな理屈。アスリートの「闇」

っぽいものに通じそうでもある。

 
近づきかけて、友達状態で落ち着くこの二人の間に芦川という、やや年かさで
自宅通勤の女性がいて、二人からイケズすらされる。それだけ大きな存在であ
ることがわかる。弱々しくかわいいばかりで能力や体力は乏しいマスコット。
しかし能力というなら、皆から守ろうとしてもらえるというのもまた一種の能
力。もう一つの得意技は問題のお菓子作り。俄然リアルな存在感。彼女の視点

はないので、あったら(毒でもあったらなおのこと)・・・ でも、別の小説

になってしまったかも。

彼女は二谷の部屋に来るようになるが、二谷から愛されているわけでもないし、
同性の押尾からは嫌われてもいて、話の進行上、なにかとネタになる。
微妙に異なる二人が主題かもしれないが、実はこの芦川が狂言回し的。
二谷は転勤が決まるも、このお化け的気色の悪さがある芦川と関係が続き、結
婚することになるかもしれないなどとも考えて終り、押尾ははじかれて退職が
決まり、逃げ出せたかのようにせいせいして終わる。特に二谷のほうは、自閉
症の一歩手前とか、生物学上の疲弊なんて言ってもいい。二人の感性や思考は、

例えば、言い方が古いですが、「現代の実存主義文学」みたいな感触をくれま

したね。

オーバーかな。収斂してゆくものなど、対象はハナから何もないと思う。
 
作者は、書きたいものを書いているんだろうが、そんな感じじゃなく、
  小説を書いている時、わたしは自分が何を書きたいのかわからない。書き
  終えて読み返した時に、小説の方から教えられる・・・
と、「受賞のことば」という短文にある。ホンマカイナ。でも、そうやね、純
文学系なんて(もう死語?)こんな人もけっこう多いんとちゃう?
今回は何を教えられたんだろう。果たしてそれが、上記の「現代の実存主義
学」のようなことなのかどうかはわかりません。
どこか懐かしいものの、正直面白くなかったです。考えこみましたけどね。そ
れが「面白かった」ということなのかな。そうじゃないよな。
何が評価されたんでしょう、言葉の並び方がどこか変な気がすることが多いの
だけれど、でもやっぱり、この不思議に痒いところに届いていそうな文章(今
風に「あるある」というやつ?)、ということなんでしょうか。ま、エンタメ
じゃない。突き放されているふうな「文学」なんでしょう。
 
読後、受賞インタヴューは止めて、芥川賞を選んだ小説家たちの選評をざっと
読みました。色んな評があるもんです。これが文学ってものなんでしょう。そ

して他の4候補作品がぐっと今風で皆暗そうだったこと!(「今風」も「暗そ

う」も無意味か)

 

 

<付録>

点数低いわりに、一寸長くなっちゃいましたけどね、ほかでアップする機会がな

さそうなものを、ついでにくっ付けておきます。

表紙からしばらくのカラーの部分に中野京子さんの絵の解説があった。予想し

てませんでした。(今、中野先生の次の本、探しているところです)

で、これは、17世紀オランダのボルフとかいう画家の『父の訓戒』。

父親が訓を垂れているところなんかじゃない、実は全くシチュエーションが違

っていたというのね。

後年ゲーテなどが持ちあげちゃったので訓戒込みで有名になってしまったんだ

が、なんとまぁ、娼館の中でのことで、男は客、女は「やりてババア」と判明

したんだとさ。男の手にある指輪は、もともと金貨が挟まっていたのが、描き

替えられていたんだって。

こういうところに先生のものは連載されてるんだなぁ。絵の解説は面白い。も

っと読みたくなります。

(ハイ、もちろん小説とは一切関係ありません・・・)

(分厚い雑誌のほんの一部を紹介したことになります)