| 20230424(了) |
マルティヌー(1890-1959)
/ピアノ協奏曲集 第2集
MARTINU Piano Concertos Nos.1,2 & 4
| (1)ピアノ協奏曲 第4番 『呪文』 H.358(20:24) |
| ①ポコ・アレグロ 9:45 ②ポコ・モデラート 10:38 |
| (2)ピアノ協奏曲 第1番 H.149(29:20) |
| ③アレグロ・モデラート 10:44 ④アンダンテ 7:47 ⑤アレグロ 10:46 |
| (3)ピアノ協奏曲 第2番 H.237(24:50) |
| ⑥アレグロ・モデラート 9:44 ⑦ポコ・アンダンテ 7:38 ⑧ポコ・アレグロ |
| ジョルジオ・コウクル(ピアノ) |
| ボフスラフ・マルティヌー・フィルハーモニー管弦楽団 |
| アーサー・フェイゲン(指揮) |
| 録音:2009年5月/チェコ/ツリン/芸術の家 Tot.74:45 |
| CD/協奏曲/Ⓟ&ⓒ 2010 Naxos Rights International Ltd./独/輸入/中古 |
| <★★★☆> |

| <メーカー紹介文> あまり聞いたことのない曲のCDを再生する時に、何だかわくわ |
| くする人も多いでしょう。このマルティヌーの曲は、タイトルからして胸がド |
| キドキしませんか?もちろん最初の音が飛び出してきた途端、魅惑されてしま |
| うことは間違いありません。まるで鐘の音のように光り輝く音の粒、溢れる躍 |
| 動感。そして未知への不安感。それら全てがきちんとおさまっています。この |
| 曲は1956年に完成、マルティヌーではおなじみのピアニスト、フィルクシュニ |
| ーと、ストコフスキーによって初演されています。第1番の協奏曲は1925年に |
| 書かれたもので、とても聞きやすい作品。難解さはほとんどありません。バロ |
| ック風の味わいを持つ終楽章がチャーミングです。1934年に書かれた第2番の |
| 曲は第1楽章の堂々とした開始部も見事ですが、終楽章での超絶技巧は息がと |
| まるほどの驚きを与えてくれることでしょう。 |
| (1)第4番 これはねぇ、例えば・・・ |
| お隣のハンガリーの巨大な存在、バルトークの音楽を聴いてみりゃすぐわか |
| ることで、「民族の血がたぎるとでもいうか、やむにやまれぬ表現の中にそ |
| ういったものがあるのがいやでも感じられるのはご存知だろうが、西欧やア |
| メリカに渡ったアンタにもそういうものってあるんじゃないのかね?」 |
| なんて言われたことも多いんじゃないかと想像する。確かにあるような気が |
| する。ただ、あるんだけど、燃えたぎるようなものでも、やむにやまれぬも |
| のでもないように思う。それに、とんがった感じには手を染めなかった。 |
| 民族色的なネタは東欧やロシアのものなどもデフォルメして使っているんじ |
| ゃないか。時々プロコフィエフのブラスの騒ぎ方を聴いた気がする。 |
| 同国人のビッグネーム、ヤナーチェクとか。むしろバルトーク似かもな。 |
| そもそもこの作曲家は、とても芸達者で曲想の案が非常に多い。何よりこれ |
| が利いたんじゃないかという気がするんだが、つまり、とても理知的で「冷 |
| 静」なこと。むしろ何でも上手にできちゃう人なんだが、情熱はテクニック |
| でカバー、みんな「仕事」なんだという割きりがある気がする。 |
| 聴くたびにちょっと違う印象を持ったりしてしまう傾向もありますねぇ。 |
| 空想だけれど、4番についちゃあ、そういったような傾向が出ているんじゃ |
| ないか、なんてね。 |
| この4番に比べると、1番、2番はご本人としてはまだ習作的かもしれない |
| ものの、どうしてどうして、力作だし大変な巧者ぶり。 |
| (2)第1番は新古典ぽく始まり、民族的なものを物理的に入れ込んでいま |
| すが、あくまでテクニカルな感じ、かな。第2楽章ではギラギラ華麗なロシ |
| ア風ピアニズムみたいな感じが炸裂。第3楽章では新古典どころか、新バロ |
| ックみたいな感じの曲想を交えつつ、現代直前ぐらいまでのイメージのもの |
| を細かく入り乱れさせて、どう、楽しいでしょ!というふう。 |
| 生だとうんと乗れるだろうなあ・・・ |
| (3)第2番はブラームスのピアノ協奏曲のように厚みのあるサウンドでもっ |
| て始まるも、どんどん曲想が変わって行き、やはり新古典的な協奏へシフト |
| してゆく。ブラームスっぽさと行ったり来たりしながら。 |
| ブラームスのやや暗めの「自己中」は魅力たっぷりなんだが、それがために |
| 嫌う人も時々いるぐらいだ。で、それをちょいといじって明るくしてみまし |
| たというような感じ。第1第2楽章ではブラームスとの行ったり来たりが、 |
| 第3楽章ではついに大分遠くに離れて行く。どこか淡く匂うけどね。 |
| やはりテクニックの権化のよう。そのテクニックでもって多くの委嘱に応え、 |
| 多作家だったようだ。熱烈な信者は生まなくても、先生としては最高だった |
| んじゃないか。 |
| ブラームスっぽさのことは実はこのピアノ協奏曲の第1集で、大分触れたの |
| でした。3番でも5番でも。去年の4月にアップしています。 |
| 読んでみたら、やはりなにやら捉えにくいという書き方で、ヘンな文章にな |
| ってました。 |
この指揮者が、ウクライナ国立交響楽団を振って録音したマルティヌーの
6つの交響曲を聴いてみたくなりました。特に1番と6番の組み合わせの
もの。
といっても、マルティヌーが理由じゃなく、ウクライナ国立交響楽団とい
う優れた楽団のことを、すっかり忘れていたことを思い出したせいです。