休みには中古屋のはしごⅢ

基本音楽鑑賞のつもり。ほかに映画・本・日記的なもの・ペットなど。

もうすぐいなくなります 絶滅の生物学 /池田清彦

20230208(了)

もうすぐいなくなります 

     絶滅の生物学 /池田清彦

 

     はじめに
第一章 「強制終了」のような絶滅
第二章 「絶滅」にはさまざまな理由がある ――「絶滅」と「進化」の関係
第三章 人間が滅ぼした生物と、人間が保護しようとする生物
第四章 「絶滅危惧種」をめぐる状況
第五章 どのような生物が「絶滅」しやすいのか
第六章 「絶滅」とは何か
    あとがき
 
    2019年7月/生物学エッセイ/新潮社(単行本)/中古
    <★★★★△>

 

 

「あとがき」を載せてもこの本の面白さはきっと全く減じないと思ったけれど、
それじゃあんまりだからヤメ。始めはもっと嫌味たらたらで愚痴っぽい感じか
と心配しました。それぐらい、例の力と数がありましたが、ここまで多いと、
と、この小さい本ぐらいじゃ愚痴ってる暇はない。
 
それにしても、国が絶滅危惧種外来種に対して、いかに頓珍漢な法律や決め
ごと作っておいて見直しを怠っているか。池田先生の物言いの皮肉っぽさはい
つも通りだけれど、けっこう抑え気味でした。
生物の多様性が大事なんて言葉は、実際には人間には切実感など、殆どないと
言ってもいい。これ、間違いない。
人間自体の多様性なんて言い方は、生物たちのこの状況下では、お門違いの話。
 
ま、人間という生き物は、種としての行き詰まりが近いといっても過言でない
い気がします。先生は途中では注意して書かれていないが、言外には匂わして
いると思うなぁ。最後には言っちゃってますけどね。
火星ぐらいまでは行けるかもしれないが、そのあとは何が待ってることやら。

(というのはワタシの感触ながら、それより、「戦争の世紀」なんてものにな

らないのは当たり前として、「環境問題」が先じゃない?)

 

どのような環境下で、どのような動物や虫が絶滅しやすいかは、リスト込みで

わかりやすく、しっかり述べられています。理由がわかっていない「絶滅」も
非常に多い。
大雑把には狭い環境に適応してしまったものだとか、保守的な生物は、なんで
あれ脆いのですね。
これは正確ではないことながら、生物の系統が枝分かれしていきながら、ある
所まで行きついたら、そこから異なるシステムを作りだしたり、新しいシステ
ムを開発できなかったりすると、衰退、絶滅しがちであること。多様化して順
応し、安定期を迎えると、そこからがまた危ないというか大変というか。まあ
そいういことのくりかえしってのが生物の進化だろうって。(こう書くと妙に
当たり前みたいだけど、人間に枝分かれって、ある?もうないんだろうなぁ)

 

種としての「絶滅」というのも定義としてはけっこう難しい。
たとえば交差(交雑)しているとわかったら、どう解釈するか。
ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)は、絶滅はしたと聞かされてきたけ
れど、ホモ・サピエンスとの交雑があったことも聞かされている。
現生人類のゲノムの中にDNAとしてネアンデルタール人のものが混入している。
全体の2%が残り続けている。2%って、なんだか少なくない・・・
遺伝子レベルでは、ネアンデルタール人は今もなお絶滅していないし、現生人
類は、ある意味では、ネアンデルタール人の子孫でもある・・・
ネアンデルタール人から枝分かれしたデニソワ人というのとも、同じように現
世人類は交雑したことがわかっている。
アフリカ人以外は、それもネアンデルタール人の男とホモサピエンスの女との
ハイブリッドの子孫がほとんどなんだそうな。そしてそれが生き延びた!
それで得た遺伝子のおかげで現生人類が生き延びたということがきっとあるわ
けで、、、「ネアンデルタール人の男とセックスしたホモサピエンスの女は偉
大だ!」だって。ウーム。
人の系統としては、76億人の繁栄を誇っているが、最後の一種で、地質学的
的な時間のスケールでは絶滅は時間の問題だとも。
そうなってもしばらくは、地球は太陽の周りをまわっているに違いない・・・
まぁそらそうでしょう。

 

さぁて、、、たとえば、クビアカツヤカミキリに関して、ワタクシメもちょっ

と書き方を考え直さないといけないような気がし始めた、いや、書き方じゃな

いですね、考え方!、、、難しいけど。

大体ワタシ、桜が特に好きなんてことはないし、桜の花のライトアップとなる
と、いやな顔されそうですが、ほとんど「嫌い」に近いのですから、毎夏、
(あんなことのために・・・ゴメンナサイネ)クビアカを殺しまくる必要性が
どこにあるんだか、迷いが出て来ました。
まだ、夏の準備には早い、あと5ヶ月もありますけどね、、、もやもや。
これは・・・脱線じゃありません、始めのほうの話に戻っただけです。
 
最後に笑い話;
  かつて、メクラチビゴミムシという名前について「名前全体が差別後だら
 けではないか」と言って抗議をした人たちがいました。当時国立科学博物館
 にいらした上野俊一という先生が名前を付けたのですが名前を変えるべきだ
 と言われても上野先生はそれを頑としてはねつけています。ですから、名前
 が残っていて、図鑑にもちゃんとその名前が出ています。差別はコトバにあ
 るわけではないので、コトバを変えてもなくなりません。それが上野先生の
 主張です。
  私が先日、NHKのあるテレビ番組の収録の時に、「トゲアリトゲナシトゲ
 トゲ」という名前のトゲトゲ(トゲハムシ)の話を主にしたのですが、そこ
 で「チョウセンメクラチビゴミムシというゴミムシの名前も出したところ、

 ディレクターに「池田先生、それは放送できません」と言われました。バカ

 バカしい話です。

 
こういう話で文句を言い、笑う(嗤う)のが好きですね。ワタシのことです。
この引用は本筋(ここでは「洞窟ごとに種が異なるメクラチビゴミムシ」)と
は関係ない話なんですが、先生よほど気に障って印象深かったか、その後もし
ばらく分類上や学名上の言葉のはなしなどを続けられていて、ヘェーの連続。
こらぁ先生の脱線やろ。
 
昆虫友達である養老先生の文章と違って読みやすく、やたら面白かったです。
ついついメモも多くなりました。
教材になってほしいぐらい。