20211231(了) |
(1)偶然の旅人 (2)ハナレイ・ベイ (3)どこであれそれが見つかりそうな場所で (4)日々移動する腎臓のかたちをした石 |
(5)品川猿 |
2005年9月/短編小説集/新潮社単行本/中古 |
<★★★★> |
続けて、といってもゆっくりですが、積読の短編ものを読んでいます。 |
「ハナレイ・ベイ」 |
19歳の息子が、カウアイ島のハナレイ・ベイでサメに脚を食いちぎられて |
死んでしまったピアノ弾きの中年女の話。 |
毎年決まった時期にカウアイ島に行ってしばらく過ごすことを10何年も続 |
け、息子とのことをそれなりに考える。カウアイ島でも知られた存在になる。 |
歯に衣を着せない喋りと斜に構えた人生観が特徴なんだが、ピアニストとし |
ての経緯が、さすがジャズファンである村上による造形だなぁ。 |
最後のほうの話として、カウアイ島にやって来た日本人の軽薄な感じの若者 |
二人と知合いになって行くところが白眉で、この若者二人には見えて、彼女 |
には見えない右脚のないサーファーの亡霊が出るのが「奇譚」。亡霊は明ら |
かに彼女の息子であろう。彼女と亡霊、つまりムスコ、との距離が変わらな |
いまま確定するようなのが面白かったな。 |
この話から読んだのです。カミサンがフラダンスを教えてたりしているんだ |
が、「ハナレイ」という言葉が何度も出てくる歌があって、よくレッスンに |
使っている。覚えちゃったもんでね。歌の内容はもちろん上記とは全く関係 |
なく、ラブソング風に景色を愛でたものでした。 |
「どこであれそれが見つかりそうな場所で」 |
ボランティアで失踪人を捜すようなことをしている男が受けた依頼。 |
32階ほどの高層マンションに住んでいる夫婦の、奥さんの方から、失踪し |
た夫を捜してほしいという。夫婦は26階に住み、24階に夫の母親が住んで |
いる。母親は夫である寺の住職が亡くなり移り住んできた。住職に頼りっ |
きりだったせいか、線が細く、今は病弱なので、息子夫婦がなにくれとな |
く面倒を診る。証券マンの息子は30台で、26階を階段で行き来。奥さんは |
エレベーター。裕福そう。 |
ゴルフが中止になったある昼近く、夫が母親の具合が悪いというので、24 |
階へ下りて行き、半時後に今から戻ると電話をくれた。5分後には戻るもの |
と食事のパンケーキを焼いて待つも、いつまでたっても戻らない。 夫は |
(何も持っていないはず。着の身着のままであろう・・・)神隠しのよう |
にいなくなってしまった・・・ |
およその状況を把握した探偵は ―殆ど嬉々として―階段が明るくて立派な |
マンションの、24階から26階までをのんびりと、しかし執拗に調べ始める。 |
管理人と顔見知りになり、こんな高所でも階段を使う住人がいるもので、 |
そうした住人(彼らもほぼ変人)と話をする、というようなことを続ける |
・・・ 何が奇譚かって、そりゃあ、男が消えたこと自体。 |
住人との話で面白いのは、小学校の校長っぽいオッサンよりは小学生の女 |
の子で、妙に意味深な会話になるんだけれど、謎につながるというわけで |
はないのね。 |
20日たって、失踪夫は仙台駅で見つかる。同じ格好で、髭だけその分伸び |
た状態。その間の記憶は飛んでいたが、それ以外は普通・・・ 依頼はあ |
っさりと終了を迎える。 |
面白い表現がいくつも出てきた。こういうのは翻訳ものじゃなかなか出会 |
えない気がするな・・・ま、そりゃ何とも言えんが、例えば・・・ |
・・・女は・・・回想するように目を閉じた。アルフレッド・ヒッチコ |
ックの映画なら、画面がぐらりと揺れてここから回想シーンが始まると |
ころだ。でも映画ではないから、もちろん回想シーンは始まらず、彼女 |
はやがて目を開けて話の続きにかかった。 |
そして膨らみと落ち着きを取り戻したルイ・ヴィトンのパースを、もと |
あった場所に戻した。それからまた鼻梁に手をやり、まるで棒を投げて |
も取りにいかない犬を見るような目で私を見た。 |
・・・「デニーズ」のパンケーキはとくにおいしいというものではない |
が(バターの質も、メープルシロップの味も、好ましいレベルにはない)、 |
それでも我慢できそうな気がした。 (デニーズから猛抗議あったやろな) |
でも家庭を捨てて家出するほど絵を描くのが好きな男は、日曜日ごとに |
朝からゴルフに出かけたりはしないだろうと、私は思い直した。ゴルフ |
シューズを履いたゴーギャンやゴッホやピカソが、10番ホールのグリ |
ーンの上に膝をついて、熱心に芝目を読んでいる姿が想像できるか? |
大事なしるしを探すのは、気むずかしい動物を飼い慣らすのに似ている。 |
そう簡単にはいかない。 |
「日々移動する腎臓のかたちをした石」
膝突き合わせ腹を割って話し合うことのなかった、親密さを欠いた父親か |
ら16歳の時に聞いた忘れがたい箴言のようなものに取りつかれた小説家 |
の話・・・ まぁストーリーを書いても意味があるかどうかはともかく・・・ |
面白かったです。 |
一生のうちで出会う女で意味があるのは三人だけだ、という。 |
彼は長じて、一人目の女性だと思しきヒトに出逢うが逃してしまい、一人 |
目の女性「だった」になる。 |
あまりにその三人の女の話を気にするあまり、女性との付き合い方がヘン |
になってしまってだいぶん経ったころに、背の高い、ミステリアスな年上 |
の女性と逢って付き合ううちに、二人目かも思うようになる。 |
ある時書き始めていたが完成していない短編小説の途中までを、彼女に寝 |
物語として話すことになる。 |
それが、このタイトルの話で、ずっと年上の医師と不倫そしている女医が、 |
ある時拾った腎臓の形(色もそうらしい)をした石を見つけて持ち帰る。 |
文鎮のような使い方をしていたところ、その石は女医のいない間に別のと |
ころに移動するという摩訶不思議なことが起き始める。そのうち女医はそ |
の腎臓石に乗っ取られでもしたかのような状態になって行き・・・ |
と、これ以上は書きません。石はこの女医と筆者の人生にもたらされるも |
のはいったい・・・というようなことになる。って、書いちゃってますか |
ね・・・ミステリアスな女性ともしっかり繋がった話です。 |
おしまいのほうで、作家が乗るタクシーの運ちゃんだったかな、高所恐怖 |
症だというのね。村上も案外そうなのかもしれないと、ふと思いました。 |
それはともかく、ワタシはかなりの高所恐怖症です。床がガラス張りの部 |
屋なんて、たいてい高所で、大っきらい。ましてやそれがエレベーターな |
んてったら、本当に困ってしまう。普通の動物的反応だと思ってますけど ね。 |
ちょっと横道に逸れました・・・ と言いうのは間違いで、実は逸れてい ません。 |
ここいらで紹介はおしまいにします。 |
で、さらに長くなりますが・・・ |
これは朝日新聞の切り抜きで、そのはじめの部分です。 |
2020年10月3日「ひもとく/村上春樹の短編/マイケル・エメリック |
(日本文学者・翻訳者) |
ここには本書以外の短編集3冊を取りあげていて、それらも読んでみたくな |
りました。まぁ、難しいやろうけど・・・ 楽しむ側でよかった・・・ |
以上、2021年に書いた鑑賞記、おしまいです。 |
新聞記事で、2021年というのは「2020+1年」だったという表現 |
がありました。五輪の話ではなかったはずで、それでも、おーっ、うまい 総括だなぁ、と。(これこそどうでもいい話ですね) |